翻刻
《ルビ:尾井|モミヌキ》の井に入りて有しか追々の震に井も埋レつれは女は土の下に
日を送りつるか呼はりし聲ならんを昼は物に紛れて聞へねども
夜更人到れは聞へしならん後此屋敷の灰燼を仕除せし時此
有様を見出しつるに数十日を経たれとも死骸の其儘存在也
し事奇談といふへし自滅する迄の心の中おもひやられて哀
なりき実に大変中の千辛万苦此一婦に縮りたりと云
再云地震日記にも此一條を記して其尾に云享和元酉年
十二月晦日細工町より出火せし頃仁尾清大夫祖父手代壱人と
倶々煙にまかれ是非なく盥を冠り階子して井中に入りて
助し話有此女も是聞傳へて居りし哉と云されと夫は掘
井戸今は揉抜井戸なれは深四五尺ならんとおもはる大変は去
十一月五日掘出せしは今正月六日なれは日数六十一日なるに死
骸損せすして有しと云水斗吞て数十日長らへ自然
落命せし哉返々もいぶかしき事也
〇蓮池町の上に反物屋有家蔵潰れて焼たり家内共は立退たるに
亭主一人行衛しれすして今年に成ぬ時に八月の上旬其隣家
豪商浅井の屋敷の裡金蔵二ヶ所建たりし中に井溝あり
其溝の焼土を仕除せしに其底より右の者の屍を掘出し
ぬるに金子を数多袋に入て首に懸たりし由此事を家内
に告やりしに馳来りて死体に手を懸ければはら〳〵と乱れ