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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 33

ページ: 33

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 六條川原にて刎首せられしも同日の談ならすや天罰  遁れさる所也き又大震の紛に浅井の家其余番頭手代等  主の大金を盗取後日自然露見し今御心配懸りとなり  たる多し大纔不敵の不忠此上もなき者とも也以後の厳  罰おもひやらるゝ也 〇震後程へて吸江に遊ひしに吞海亭都而意條なし吸江寺は  撞鐘堂岸より崩れ大破幷に三重の高岸通半崩る夫より  五台山に登り文殊境内を見廻りしに堂塔はさしたる傷もな  けれとも塀や石燈籠は過半顛倒したる多し中にも柵を  結?たる御寄進の一基笠石に火袋地に落火袋は破損し  たり是正保二年の古物にして宝永の変をものかれしかも山  の絶頂に建なから惜哉二百十余年を経て敗物となりし事  実に歎かしき事也其棹石に彫刻せられたる銘に云   石燈籠於伊豆国採巨石彫造之而漕運于東南海以   寄附於土佐国五台山竹林寺金色院文殊堂   正保二年乙酉七月吉日        土佐国主従四位下侍従藤原朝臣忠義   再云吸江寺の撞鐘堂に名鐘懸れり形は風鈴に似て   常鐘のことく肩を衝すして古雅也又音声凡ならんと   聞り鋳出したる銘に云 【上欄外の余白】 追云 本文御石燈籠は 文殊閣の正面に一 基あり凡古昔は 今世の如く堂社の 左右に両基建る 事は無りし也則 厳島鞍馬寺又は 熱田社南禅寺等の 大石燈籠も皆一基 なりと一書に見へたり 又戊午に登りて見れは 本文火袋は仕替ありて 今は新物となれり惜へし