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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 38

ページ: 38

翻刻

なしと申されき是現在の人にて證とするに足れりと有当国 にても宝永度の事を考るに秋暮掲覧集に十月四日の大 震の事をいひて同十一月十六日酉中刻の震去月四日の大地 震に次ての強震也此後も難計いつか鎮り可申哉とあり去 冬も大震後十二月卅日十一月五日に次へき大震有たれとも 五日には及はす其後大震なかりしを思返せはいよ〳〵広島 某か言的中ならんと予は安堵し侍りぬ   再云されとも家作する事は心得有へき事也蓮池町筋に   小禄の者有潰家の上焼たりしか三十日に足らさる中   新に瓦家を建たり町柄にしては目に付立派成事   なりし凡職人は御作事方より御用懸りす隙もなく又   竹木は材木町残らす焼失したれは皆無なる時節に手の   廻りし事也とて羨む者も多かりしとなん巷談を聞は   五台山村に親族ありて彼等の其里にて計らひ土砂   まても船にて送り建立せしと云実に下市中家作の魁也   しか大三十日の大震に半潰に成切組も折れ廃物と成り日   ならずして毀ぬ宮地氏宝永日記にも三年の後まても   折々震有し事を記たれは不自由を忍ひ己屋に暮し   家作は三年の後営むへし前車の覆りし事をおのれも   現に見たれは後世考合すへし