翻刻
〇宿毛主の家臣《割書:《ルビ:竹葉|タケハ》|彦之丞》は高知の邸に在勤す留守又は老母幷妻に
子三人有末子は出生してはつか廿日計なるか妻に乳なけれは
子供残らす引具して貰乳に行し諸事今去冬の大震に逢
直様帰宅もせしに勿論家潰れぬ老母は高年にて手足不叶
なれは埋し事疑なしと隣なる近族某か方に行しに某も
他行して居らされは三人の子を家内に預置身一つに成り宅地に
帰り母を呼へとも土の下にや答すされとも外に走り出べきやう
なけれは只母の安危のみに心を苦しめ津波来らんと人には
叫へとも耳にも不入ひたもの瓦土を取払ひける所に右の近族
外に壱人馳来りとも〳〵仕除て見れは案に違わす母は梁に
敷たり三人互に力を合せ辛ふして引出しけるに腰をは打れ
けれとも一命に支なけれは妻か背負て近山にのかれ介抱せ
しと也今少し遅かりつれは水火の難遁れさる所なるに
此婦か貞操によりて蘇生したりと也去ほとに此女平常孝女
の為いさゝかもあらさりしの誠にかる変に臨んて天性の美
あらはれ高府まても夫か名をも顕しけるは実に貞烈前代
にも比類稀也といふへし