翻刻
あらす尤後世震の軽重によりて考合すへし去冬の震には
宅地を去らす昼夜守護せしも有しと也又さして風なき
時の火災なれはあくまて防火すへき事也
〇郭中幷上市中に火事なきは震軽ゆへ火の元始末する間も有
つらん幸甚といふへし下市中は四方八面の出火にて火元の数
をしる者なし素り不始末の失火なれとも大震の変中なれは
何の御穿鑿もなかりし也下町は惣丸焼と伝ふへけれとも
左にあらす先火難なかりし町々は南にて唐人町《割書:上サンデンより|下ザコバ迄》広
岡町朝倉町は南輪《割書:本御|義共》西にて掛川町要法寺町境町八百
屋丁京町は焼たれとも御町会所御蔵共残る《割書:庭前枝木悉く|残る外に下市中》
《割書:一草一木残なし焼たる町々も|高潮入し土地はこと〳〵朽る》東にて農人町
《割書:サエンハ町境より|東松ヶ崎迄》同裏町
新町にては山田町筋鉄炮町残る下知村も上なる足軽町は
畠等多く家もまはらにて焼通しされは残りたり実に元禄
十一年以来の大火也
〇廿代町は震はかりにて火厄はなかりしに山田町なる質屋か蔵に
火入居て翌六日の朝内より燃出類焼す神明宮の社人某御
内陣より御厨子を出し後なる堀川の船中に守護する中
風烈しく吹出して御社も危かりしに鎮火の祈念におお祓
を繰返し丹誠を抽けれは忽風吹かわりて御宮をはしめ
秋葉山の小祠宮林の樹木其東西の近隣迄恙なかりし夫より
追々潮場にて枯る