翻刻
見え又御小人町と有は上市中の惣名にて其内に今も
南奉公人町北奉公人町といふ名の有も其由縁也とかや
寛文三年は百九十三年のむかし也
〇御町方抱の町人に櫃屋宇左衛門とて代々御町惣年寄役を
勤め商家なからも売買する事をとゝめられたる旧家あり
当主某に至故ありて改易せられたり扨彼れの家に一種の
牡丹有 命によりて名を櫃屋紅となふ此牡丹をは宅地
蓮池町に残し置家蔵をは某に譲しに其花の株も焼て
枯たりと聞伝来の来由に左の板行引札の写しに見へたり
おもふに右花の種迄も滅亡せしは家運のつくる所成へけれとも
いとも〳〵をしき事ならすや
【上欄外の余白】
丙辰に聞は此
名花の株大
変前櫃屋か
改易の砌川崎
源衛門に譲り
今彼後園に
繁茂すと云
幸甚なる哉
乞牡丹花辞小序
予か家過にし元禄十一年の回禄に宝蔵類焼す其塗
籠の跡に一種の牡丹生出たり枝さし葉茂りて斯て莟
をふくみ已に一輪の花開く其色純紅朱をそゝきしか
如し是より前度々 君の仰を蒙りて長崎の津に越
しに其刻唐種の此実を得ていまた播種せさりしか
其種土気を得て幸にして萌出たらんと人もいひ予か
祖先もしかおるへりとそかくして其花を 君に奉しに
殊なふめてさせ為ひて家の名によらせ為ひて櫃屋紅と