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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 47

ページ: 47

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いふ名をさへ下し為ふ時の面目身にあまりていよ〳〵培ひ   ます〳〵育て代々の 君にも奉りつかくてより星霜百   有五十年になん〳〵とす今に至りて猶よく栄けれは萬邦   の諸君子に此花の辞詩奇連俳のくさ〳〵を乞て一   小冊子にものして後世子孫に此ゆえよしを知らしめま   ほしくて斯おもひ立しは天保十一庚子の春也乞諸君予か 志をあわれみて一葦の秀詞を給わらん事を           土佐高智   霞輝亭 赤英拝                   俗称 櫃屋宇左衛門 〇山田町に油屋有名を治平と云震の時潰れて焼たり然るに  今年正月の末に其蔵の焼土を取払ひけるに不思議なる哉  土中に火気ありて樮(ヲキ)【煗カ】数多出たりいかにといふに綿実入たる  俵を積置しか其実焼たる上に土落重り蒸焼になりたれは  七十余ケ日も火消さりしと也此実の火を保つ事かくのことし 〇浦戸町長泉寺門前土手の上に古松一本有しか焼たり此町は  文政七年上は上は南輪斗にて北輪は芝生の土手にて石切丁  まて並松有し也仍て今に片町と云今此事を壮士に語れは  誠としかたきを右の古松は其内の一木也と証となしたるに  残をしき事也又今の材木町東横丁ハ蓮池町の橋迄東  片輪ハ土手にて是も並松有しに享和元年の火に焼失せ