翻刻
いふ名をさへ下し為ふ時の面目身にあまりていよ〳〵培ひ
ます〳〵育て代々の 君にも奉りつかくてより星霜百
有五十年になん〳〵とす今に至りて猶よく栄けれは萬邦
の諸君子に此花の辞詩奇連俳のくさ〳〵を乞て一
小冊子にものして後世子孫に此ゆえよしを知らしめま
ほしくて斯おもひ立しは天保十一庚子の春也乞諸君予か
志をあわれみて一葦の秀詞を給わらん事を
土佐高智 霞輝亭 赤英拝
俗称 櫃屋宇左衛門
〇山田町に油屋有名を治平と云震の時潰れて焼たり然るに
今年正月の末に其蔵の焼土を取払ひけるに不思議なる哉
土中に火気ありて樮(ヲキ)【煗カ】数多出たりいかにといふに綿実入たる
俵を積置しか其実焼たる上に土落重り蒸焼になりたれは
七十余ケ日も火消さりしと也此実の火を保つ事かくのことし
〇浦戸町長泉寺門前土手の上に古松一本有しか焼たり此町は
文政七年上は上は南輪斗にて北輪は芝生の土手にて石切丁
まて並松有し也仍て今に片町と云今此事を壮士に語れは
誠としかたきを右の古松は其内の一木也と証となしたるに
残をしき事也又今の材木町東横丁ハ蓮池町の橋迄東
片輪ハ土手にて是も並松有しに享和元年の火に焼失せ