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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 48

ページ: 48

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 土手をは追々開かれて今のことくに成りたりし也木屋ともハ  山田後免の者か願によりて此地に移り来りし也七十年の  むかしをおもひ前せの世の変草の如此なれハ因に記し置也 〇御国にて三度の大火と云伝へしは元禄十一年の回禄にて家数  千九百三十三軒焼たり第二には享保十二年二月朔日の回禄  《割書:火本は越前町|伊野部仗助》には家数千八百三軒焼たり第三には同二日の回禄  《割書:谷本右丈助南|隣郷辰三郎》には家数千三百四軒焼たり  《割書:両日共指火にて罪人は追て|長縄手にて火罪上獄門》  《割書:に処せ|らる》右三度も火災斗なれは土蔵は残りしも有へきに去冬は  塗籠も堅箇固なるほと震潰し土瓦は地に落ち裸蔵となり或  半潰ありても顧て土扉合されは市井の家庫塗篭一宇も  残らす烏有となりて市中の重器武具七珍萬宝  灰燼となりたるは歎へし    再云今も右に出せる享保十二未年の回禄をお城焼と    云御系図二云享保十二未年二月朔日ヨリ二日御城下    大火御城焼失同十四酉年御城御普請寛保二戌年    二ノ御丸御作事延享二丑年御移徒御本丸ハ寛延二巳    年御移徒三ノ御丸ハ宝暦三酉年御移徒々ト有 【上欄余白】   再云元禄の   火元は北奉公人   町佐藤甚左衛門   貸家古金屋   権右衛門なりと   古記に見ゆ ○火後市中の焼失家又ハ潰れても不焼家等町役の者か改め書  記して帰りしとそ追て御町方ゟ焼失家壱軒へ八銭八十匁つゝ  潰家一軒江えハ同四拾匁つゝ御介補として被遣し又火事中