翻刻
御火消方立合ひは震中にて整はさりしにや防火の御仕撰は
なかりしに一己々 の寸志にて大に働き抜群奇特なりし
者ともは追々御聞糺しの上御町方へ御呼出し御褒賞の上
銘々に御銀被成遣一同有かたし少は愁眉をひらきしと也
因に云種崎町広小路に家号を辰巳屋と云富豪有
しに世の盛衰のかれすして近年零落し宅地をも払
今は土種屋といふ者居住せしに大震に数ヶ所の家蔵共潰れ
残らす焼たりしに庭前に名高き二見ヶ浦と号する
大石の手水鉢有火に罹りたれともいさゝかも損せさり
し予かねて此石の事聞及ひ見まほしかりし事年
有しに今は焼野の原となりて踵制する主もなけれは一日
傍に立よりてつら〳〵見たりしに家中市中にも難有
大石にて産は御影石と見ゆ凡地より出たる所《割書:高さ四尺斗|廻二尋斗》
形は堅【竪の誤か】に二段のやうに割目通りたる自然石なるか一方の
高き頂を切立て水溜を丸く掘たり《割書:亘り一|尺五寸》按に二見
浦と名付しは夫妻岩と見立たる名成へし此石に付ては
名談有古老に聞たるまゝを事長けれとも語るへし
そも〳〵辰巳屋勘丞《割書:初代歟ニ|代歟不知》とて頗器量ある買人有
て朝日の豊栄のほることく身代出世して其頃御国中に
双ふ者なく其名四方に轟しと也一手浪算にのほり
【上欄外の余白】
再云土種屋々々
大変後石川
半丞家鋪と成