翻刻
口入を求大金をからんとせしに大家とも云末土佐の辰巳屋と
いふ者の名を聞さるとて事なりされは流石の勘丞も空
敷下り口惜かりしを妻か聞て云給わらおもふ子細のあれは
来春は一月斗の暇為り大和廻りしたしといふにて勘丞
もゆるしぬとそ扨長閑に成し頃路用とくと整へ従者
程能連て発足し見物はてゝ大坂に下り市中見物に廻りしに
石工町に右に云手水石の売なくれたる物有を高金に求め
川口に御国船の入津せしを尋ねさせ運漕の事を約させて
扨日々数十人を雇ひて彼大石を川口迄引石といふ事に
させけるに上方のならひ日に増し見物山をなしたりしに
土佐の辰巳屋か妻都廻りして其帰るさに国への土産に数日
しか〳〵の事也其費いか斗ならん此石を庭に居へ人座敷ならは
萬おもひやらるゝとておのつから其石都會に広かり追々
下り船につませおのれはもとのことく帰足して勘丞にいふやう
御土産には石の手水鉢を求め候ひて川口にて船積し置
たりと語る間もあらすして着船して上陸せしかとも門に
入らす仍て塀の上を轆轤にて越させ今の地に居へたりし
とそ其後勘丞にいふ様此度さて大坂に登り給へ大望は
成就すへけれと過日にぞ再のほり口入をもて計らひけれは
思侭に融通能き事になりて次第〳〵に家富の栄へしも