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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 51

ページ: 51

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    此妻女か深き思慮也けりと名誉世間に輝しと也       再云此手水鉢火に入て故物と成たれはさて火災の部に       書留て惜むへけれとも今幸に存在して此庭に伝ふれは       此条は除くへしとおもへとも末世此美談の失せゆかん       事をおもひ筆の序に書加へ置ぬ此妻は阿波屋忠七か       女にて高陽山人か妹也とかやさもあるへし       又云頃日聞は手水石を積たる船は栄幸丸といふ       勘丞か手船の由市中の伝説也と或者語りぬ       勘丞か全盛なりし事おもひやるへし     高潮の部 〇去十一月五日大震後の高瀬浦戸より内地潮より三尺四五寸  高かりしと云同六日下地村北の丸堤切れ新町へ押入満潮の  時は船を乗る《割書:家々屋敷に入潮高下ありて浅深は記し|かたし尤差引ありて十二月五日迄のまへ入り来る也》同十六日  潮高し同廿五日前日より波立風雨雷鳴して潮猶々高く  新町東は座上に上る西は床限《割書:予の宅地はいさゝか高けれは床より五寸斗|低し肉身の者舟にて江ノ口より家族共》  《割書:連に来れとも細舟門戸に支りて内に入らす外輪の深さ何尺歟|あらんしらす満たる時坪は腰を払ふといへ共漸々に引汐と成りぬ》下地村  中堤より東は座上より五六尺上る或は軒を払ふ同月末方より  切戸御普請ありて十二月五日より新町に潮差引入来る事は  おのつから止みたりし也今四月十八日子の上刻中震ありて