翻刻
貫之ぬしの此鹿児より浦戸をさして船出せられし事
目前に浮み九百余年のむかしを思ひ出たりき
〇郭中は東堀詰より潮押入大手筋上は北御会所角限尤此御
会所東横丁より北は至て低く船にて往来す内江の口与力町
永国寺丁迄外輪漕ゆく櫓声を初めて聞たりといふ大川
端七軒町東新築共堀川一面の海と成本町は西へ一丁半程
上る溝は蛤丁まて上る帯屋町中島丁南与力町片町潮は
北御会所角より南見通し限扨又南川は御旅所の西迄北川は
常通寺橋迄久万川は将監殿橋迄布師田川は橋の上迄大津
川は関迄下田かわは衣笠迄のまへ込出高潮にて七月十四日十
五日両日より山田橋石淵まての大還往来留る大震以来度々の高
潮に帯屋町東一丁の内にて投網にて小鯔を取懸川町西
輪の裏境町浦戸町川辺にて飯粒にて小鯔を釣る田渕前の
田の中にても同断下地田渕は小川にて持網にて小鯔を取又
惣分堤切口より潮田へ海魚いろ〳〵入来る大島の丸山といふ前
にて小鯛糸寄を取其他諸所にて王余魚鰭赤鱸の子
鯒なとを取夏頃は数日車海老を取其取様は夜に入り
篝火を照らし其影に寄り来るをすかし見て救玉にて取又
投網にても取終夜とれは一斗も取候と聞ぬ次第〳〵に篝
火多く遠見すれは祭礼の夜の烑燈のことく珍らしかりし