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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 58

ページ: 58

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  原となりたりし由今目前に見るがことくおもひやらるゝ也     再云南路志にも巴堤を押切下知新町悉く浪入破損     すこと有《割書:実云巴堤とは下知より三頭へ出る中堤を云名の義は三つの頭へ|出る道な     れは巴と云とそ又三つ頭と云にも子細の有由なれとも略す》     追て云三ツ頭と云訳は昔の堀川は今の御蔵の南より東に流れ出下にて潮江     の川水と付合処又東よりは潮込入時には三ツの頭戦ふ故に此名ありと古老     の伝説なり昔は潮江川も三ツ頭へ流れ出て東入棒堤はなかりしとなり 〇凡高潮は大震すれは半刻を待すして打入もの也今度の震は  申の中刻潮は酉の上刻に押入来りし也古証左のことし   〇谷陵記に云宝永四年十月四日未の上刻大地震同下刻    津波打て寅の刻まて昼夜十一度内来る也◦   〇万変記に云未の上刻斗《割書:右同|日也》大地震ひ出◦半時斗ありて沖より津    波押入ると呼はり間もなく跡より大浪打入◦   〇南路志に云地震止み《割書:右同|日也》少の間ありて大浪立◦ 〇去冬大変前《割書:十月朔日|の頃なり》某二人船にて下地川尻へ夜釣に出しに  ふしきなる哉俄に潮引取船居りていさゝかも動す暗夜なれ  ともすかし見れは四方干潟と成葛島佐右衛門へも陸わたしにて  行るゝとおもわるこは夢かと斗驚て帰らんとすれとも詮方なく  夜もすから潮を待所に鶏鳴頃にや少さし来るにまかせ船を  出したるに下知仮橋のほとりにて又居り一人川に下り綱して  引牽ふして市中に帰りしは夜明にて有しと其人に語りぬ  是五日の震の徴ならんいつ(ヅ)れ震も潮も同一対のものといへは  考拠に成へきあかしならすや