翻刻
一人云扨も浜改田へ津波打入し時漁師か妻我か子を捨
置家の子を背負山に逃け夜を明しけるか翌朝我か子をは
夫か連来り四人とも恙なかりしは天の御助ならんとて評判の
よしを語るおのれ打聞まゝに其者に問て云家の子といへは其
妻は継母にや又は家の子は片輪者なとにやと問返しけれは
其委敷事は承らすと云又傍より一人云それはいよ〳〵家の子にて候
私承候は根元兄弟の者別家して子一人つゝ有し後兄嫁離別
せられ間もなく兄も病死して一人の子斗に成たれは弟も我か
家を畳み兄の家に引移り兄の子をとも〳〵世話いたし居候
由なれは家の子とは申にて候と云ゆへいかにも節婦にて
天性の美顕れたりと猶床敷委敷筆記せんとおもひて
其夫か各子らが歳をも連尋ねたりしに六ケ敷哉思ひけん
又は深き思惟や有けん此外に右存知不申下田辺にて聞
しまゝにて候津浪は片山の在所まて打入しなといひ紛
らし追々詞をも改めけれは返す詞もなく互に口をつぐみぬ
事は残りたき事也其後も此美事を詳に記し置まほし
くて耳を立けれとも高知るよりは手遠く東行する輩も片
ほとりにて詮方なけれは船中にて聞し侭を記すのみ也き
再云此話に能似たる烈女有しをおもひ出たり近世
畸人伝と云う書に◦栗子は甲斐固【国の誤か】山梨郡の農夫某か