翻刻
丁亥変記に云須崎浦八幡宮の神輿十月四日の大潮に
流れ失ぬ然るに同八日伊豆の国下田浦の漁船沖合にて
是を拾ひ見れは神輿也疎にすへきにあらすとて仮に
社を建立し新八幡と崇祭る然に拾ひ得たる漁夫
時の運を得けるにや大漁せしかは遠近の浦々神慮を
尊み敬ふ年経て当国田野浦の売船江戸へ渡海の
折節伊豆の下田御番所御改を受入津す其砌此旨を聞
彼社に行神輿の内なる書付を見れは土州高岡郡須
崎浦八幡宮神輿と有外に寄進施主の姓名をも記
したれは是こそ疑所なしとて所の役人に子細を訴
本国に迎帰らん事を願けれは所の浦人とも是を惜み
けれとも器物とはちかひ神輿の事なれは終に御聞届
仰付られ神輿をは船に舁乗せ奉けり扨田野浦の
船東都より帰帆の節志和浦弥次右衛門船に行逢
須崎は近浦なるにより神輿を頼みて差越す下
着しけれは此旨を須崎へ申来けれは神職とも迎に
参り請取奉る今も八幡宮の内殿に納め有之也神慮
には珍らしき事も有もの也と有
〇久禮の浦人津波の時船にも乗遅れ五十人斗十方を失ひ
産土神八幡宮を頼み社地に集る《割書:此社地は海浜にいさゝかの竹|林ありて其中にありとそ》