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コレクション: STAGE8

地震記 上 - 翻刻

地震記 上 - ページ 69

ページ: 69

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      止然我浦無一人死者可謂幸矣後之       遭大変者豫慮海潮之変而避焉則       可也 〇 浦戸稲荷坂建石彫刻の文     安政元寅十一月五日大地しん津波後世人大地しん     有時は津浪入と心得へし                大黒屋嘉七郎建之       再云右石根元此稲荷宮のの鳥居なりしか       大変に倒れ故物と成たるを申請てかく造営し       たりしとかやいかにも奇特成事ならすや 〇《ルビ:尾井|モミヌキ井》の事  新町の土地上にもいへることく根元潮田ゆへ清泉の井水なく  西井手の流れは大川端関の南より廿代町を通し新町菜  園場農人町の用水と成《割書:元禄十二年の御制札建|左に写し入たるを見るへし》夫より下知  両丸の良田に懸る然に此水斗にて霖雨の頃又は風雨の節  渇て飲水にならずして至て水乏敷町柄にて火災の用心も  あしことて旁寛政十二年馬詰権之助と云御町奉行此  子細を上聞に達し江州の水工四人を御雇入にて尾井を  始らる一に桜井二に紺屋町三に種崎町広小路西の井其外  段々と御町方御手先にて掘らせられ御国者も自然見習 【左上欄外】  再云水工四人か名  和助 清六  与八 六弥  といふ者とも  也とおもひ  出したれは  しるし置也