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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百十八號 大海嘯被害録(上) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百十八號 大海嘯被害録(上) - ページ 10

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【右頁上段】         ●訓令告諭 ○県知事の訓令告諭  服部岩手県|知事(ちじ)は去(さ)る十八日|沿海(えんかい)の郡 役所、警察署(けいさつしやう)、同分署、町村役場一般へ退水後(たいしゐご)に於ける衛生上(えいせいじやう) に関して相当(そうたう)の措置(そち)を為すべき旨(むね)訓令(くんれい)し尚ほ翌十九日|沿海(えんかい)町村 へも災後|衛生上(えいせいじやう)に関する心得十数条を添(そ)へて伝染病の誘因(いういん)を防 ぎ不測の災厄(さいやく)を招かざる様(やう)篤(あつ)く注意すべき旨を告諭(こくゆ)したり ○部長の注意  南北(なんぼく)巌手筑波郡長松橋宗之氏は今回|釜石(かまいし)盛久 慈等の惨報に接(せつ)するや是等(これら)地方(ちほう)と取り引|関係(くわんけい)ある吏員を紫波郡 日詰北巌手郡沼宮内両町|役場(やくば)へ召喚(せうくわん)し此の際(さい)被害地輸出物の代 価等に就(つい)て不当の利(り)を貪(むさぼ)らざる様(やう)商人に注意すべき旨(むね)諭達せり     ●被害地の救護 ○宮城の憲兵  宮城|憲兵隊(けんへいたい)にては大海嘯の報(ほう)に接(せつ)するや即時 準備を為(な)さしめ第(だい)二|回(くわい)まで憲兵|派遣(はけん)をなし其被害地の実況並び に小笠原(をがさはら)宮城憲兵|隊長(たいちやう)は東京憲兵|司令部(しれいぶ)よりの急電により二十 三日の夜(よ)同県(どうけん)管内(くわんない)各憲兵屯所に急報し隊長及び下副官(かふくゝわん)黒部猪三 郎氏|以下(いか)乗馬(じゃうば)憲兵三名は志津川に刈田郡(かりたごほり)白石(しらいし)町憲兵屯所長八木 彦作、志田郡|古川(ふるかは)町憲兵|屯所長(とんしょちやう)篠原助次郎、宮城郡|塩釜(しほかま)町憲兵 屯所長小川仁吉、東(ひがし)二番丁憲兵屯所|詰(づめ)憲兵(けんへい)一|等(とう)軍曹(ぐんそう)木村重次郎 南材木町憲兵|屯所長(とんしょちやう)心得(こゝろゐ)三上與助、八|幡(まん)町憲兵屯所詰憲兵ニ等 軍曹|瀬川(せがわ)嘉平次(かへいじ)氏外(しほか)憲兵上等兵十数名は本吉(もとよし)郡気仙沼町に何れ も戦時(せんじ)の扮装(ふんそう)にて出発せしが之(こ)れにて総員(そうゐん)三十七名の派遣(はけん)とな り目下(もくか)管内各屯所には一名|或(あるひ)は二名の留守番を置(お)くのみにて全 部被害地に出張(しゆつちやう)せり ○単物七百反の救与  岩手|県庁(けんちやう)にては僅(わづか)に身を以(もつ)て免れて一 枚の衣服(いふく)さへ無き最(もつと)も憫然なる者(もの)へ取敢へず単物(ひとへもの)浴衣七百枚を 救与する事(こと)と為り盛岡市(もりをかし)に於て至急|仕立(したて)しめたる上各被害地へ 【右頁下段】 発送(はつそう)せり ○負傷者の救護  浅田(あさだ)岩手県書記官は各|被害地(ひがいち)を巡視して負 傷者には夫々(それ〳〵)臨時の手当を為し重傷(ぢうしやう)と認むる者は廿二日より開 始せる宮古仮(みやこかり)病院に輸送する事と定(さだ)め又負傷者|多数(たすう)ありて交通 不便なる山田町|船越村(ふなこしむら)へは病院支部を設置(せつち)して救護(きうご)しつゝあり ○福岡県赤十字社支部  同部(どうぶ)よりは応援として医員(いゐん)四名看護 人二名を派遣し来り孰(いづ)れも二十二日宮古|気仙郡(けせんごほり)の両地に向け出 発したり ○救助米  船越(ふなこし)より田老に至(いた)る沿岸の被害地(ひがいち)先づ困難を告(つぐ)る は生存者(せいぞんしゃ)の食料なり実(げ)に一物も止(とゞ)めず洗ひ去(さ)られし事とて被害 の翌日(よくじつ)より飢餓に迫(せま)るもの数知れず幸(さいは)ひに宮古町の助(たす)かりし為 め米穀を徴発(ちょうはつ)して南北に運搬(うんぱん)し以て一時の急(きう)を救へり尤も廿二 日は県庁(けんちやう)に於て函館より買入(かひい)れし米汽船にて入港(にふこう)したれば今後 は飢餓(きが)に陥(おちい)ることはなかるべく又今後の善後策(ぜんごさく)は未だ定まらざ るも目下(もくか)の急務といふべきは罹災(りさい)漁民(ぎょみん)に漁船と漁網とを与ふる にありと云(い)ふ ○焚出  宮城県にては焚出(たきだし)は当初有志の救助(きうじょ)に属する者|少(すく)な からざりしが爾後(じご)尽(こと〴〵)く備荒儲蓄の救(すくひ)を以(もつ)てする事となり目下救 助を要(よう)するもの二千八百二十五戸|此人口(このじんこう)一万七千三百三十七人 なり ○衣類寄贈者多し  本吉外(もとよしほか)二郡罹災の人民は食(しょく)に焚出の支給 あるも衣(い)の着(き)るべき無し依(よつ)て宮城県庁は一|面(めん)に仙台(せんだい)市役所をし て市内に其(その)景況(けいきやう)を報道し金員に先(さき)だち衣服の必要(ひつやう)成事(なること)を告げし め一面には市内(しない)の三|新聞(しんぶん)に広告して其|寄贈(きそう)を促したるに慈善の 心に富める人士(じんし)は男女老幼|競(きそ)ふて己れの衣服(いふく)を脱(ぬ)ぎて之を贈り 一|昼夜(ちうや)を出でずして県庁は殆(ほと)んど寄贈の衣服(いふく)器具(きぐ)を以て充され 其数を検(けん)する者|其(その)荷造(にづくり)を為す者|繁忙(はんぼう)名状すべからず終(つひ)に廿一日 【左頁挿絵二枚】 【上題】 雄勝郵便局長の男舟に飛乗り一命を拾ふの図 【下題】 宮古警察署長巡査を指揮して人命を救助するの図