翻刻
【右上段】男澤儀平(をざわぎへい)、神野久太(かみのきうた)左衛門、片山則次(かたやまのりつぐ)、紺野(こんの)久五郎、秋山孝義(あきやまたかよし)、小(こ)塚(づか)斧男(をのを)、中津山(なかつやま)忠之進、山崎(やまざき)栄太郎氏の七氏は影(かげ)を失ひたり面して他(た)の八人は孰(いづ)れも負傷し自分(じぶん)の如きは押(お)し流(なが)されて雄勝湾(をかちわん)の河辺(かへん)にあり、身を殺(ころ)すは職務の為め毛程(けほど)の遺憾(ゐかん)なきも囚徒(しうと)は如何(いか)にせしやと考ふれば考ふる程(ほど)悲(かな)しくつらく漂(ただよ)ひながら先づ助(たす)けを呼(よ)べり此時|誰(た)れとも知らず竿(さを)を投(な)げ呉(く)れたれば早速に其|船(ふね)に乗込(のりこ)み帰りて監(かん)を見れば早や病監其他の付属物(ふぞくぶつ)構(かま)へ等は洗ひ去られ監(かん)の中(なか)には隻影なし扨ては何人(なんひと)か解放(かいはう)し呉れしかと歓び極(きは)まりて跡(あと)は夢の如く打倒(うちたふ)れたり斯く語り来りて氏(し)は他の同僚を指し自分(じぶん)の如きは軽傷(けいしやう)なり他の諸氏は中中の負傷(ふしやう)なり、自分(じぶん)は人の呼び生(い)く処となり始(はじ)めて気絶(きぜつ)せる事を知り身体(しんたい)を改め見(み)しに別段の事はなかりき云々氏家監守又語り曰く本監(ほんかん)は極(きは)めて堅牢に打立(うちた)てられたれば幸いにして破壊(はくわい)を少うしたり解放は萬(ばん)已(や)むを得(え)ずして少く遅(おく)れたるが是れ我等が過(あやま)ちの功名なりき海嘯(つなみ)は急(きふ)に来つて監(かん)を呑(の)みしも囚(しう)徒(と)等は皆な屋柱(おくちう)に攀ぢ力限り魂限り柱(はしら)を死守(しヽう)しければ水は程なく舊(きう)に復しける、之を好(よ)し手(て)の早く届き解放(かいはう)せんか恐(おそ)らくは皆な溺死するか少くとも負傷(ふしやう)は免れざりしならん然れど我等(われら)は同(どう)僚(れう)を失ひたるの外二人の囚人 (高橋(たかはし)栄太郎、堀田(ほつた)平蔵)を溺死せしめたり、自分(じぶん)は其夜直に中村(なかむら)署長の家(いへ)に馳(は)せ附き、宮城集治監に打電(だでん)の運びを為し翌日(よくじつ) (十六日)に至(いた)りて始めて此|寺(てら)に仮避難所(ひなんしょ)を設け着(き)のみ着(き)のま〻にて引移(ひきうつ)れり此の解放の際(さい)、三人の囚徒(しうと)は脱走(だつそう)しけるが翌日直に逮捕(たいほ)したり而して重(おも)なる罪囚(ざいしう)は、宮城本監より来着(らいちやく)の監守に引渡(ひきわた)し十八日|送致(そうち)、残(のこ)れるは三十四囚なり〇囚徒(しうと)にも義気(ぎき)あり 雄勝村に阿部(あべ)美和なるものあり水(みづ)に漂ふて気絶する事(こと)|数分(すうふん)囚徒|朝田(あさだ)勝太郎なるもの水中(すゐちう)に泳(およ)ぎ入り【右下段】美和を扶(たす)け来り火(ひ)を焚(た)き水を与(あた)へて蘇生(そせい)せしむ美和の娘某|頻(しき)りに囚徒(しうと)の義侠(ぎきやう)を説て其(その)恩(おん)に泣(な)く亦是れ一佳話と為すに足る又(また)|感(かん)ずべきは集治監の囚徒(しうと)浅山(あさやま)兵太郎外三名なり彼等(かれら)は解放(かいほう)後波(なみ)を越(こ)へて山に駈(か)け上らんとせし時(とき)一人の溺死(できし)者(しや)あり浪(なみ)と浮沈せるを見(み)しかば兵太郎は囚徒を促(うなが)し之を抱(いだ)き上げ手を胸(むね)の辺にあて見しに尚ほ少しく暖気あり依(よつ)て山上に昇上(かつぎあ)げ藁火(わらび)を焼き水(みづ)を吐(は)かせ終(つい)に蘇生(そせい)せしめたり ●荒屋敷雄勝の損害(そんがい)実に右の如く大なり、而(しか)して之に次(つ)ぐものを荒屋敷とす、荒屋敷は十五|濱(はま)の中なる船越の小字にして戸数(こすう)十六人口百二十一なり内十戸|流失(りうしつ)、半潰(はんつぶ)れ三戸、破壊一戸、無害二戸、死傷二十七名中、二|人(にん)は死体漸く発見(はつけん)されたるも余(よ)は皆分らず、又田畑にありては二|丁(てう)歩の麦畑皆洗ひ盡(つく)され、船舶(せんぱく)は全字二十七艘の漁舟影も止(と)めず又魚屋 (魚を納(おさ)むる小屋)七棟は礎迄余さず洗ひ去(さ)られたり、孰(いづ)れ悲惨ならざるなきが中に高橋栄作程悲惨なるなからん彼(か)れは今年四十七歳、妻某との間(あひだ)に九人の子あり貧(まづ)しき中にも壮健に育(そだ)て揚げしと聞(き)くに此度の大海嘯にて家屋(かをく)と共に妻と七|人(にん)の子は行方(ゆきかた)知(し)れずとなり只残れるは彼と二人の子なり、然(しか)れども此二人の内(うち)一人は負傷(ふせう)の為め生命の程も覚束なき有様(ありさま)なり ●本吉郡 ●十三濱村の内大室十三|濱村(はまむら)は追波(をつぱ)湾の南方(なんぱう)一面の海岸(かいがん)にして追波、吉濱、月濱、立神、長鹽谷、白濱、小室、大室、小泊、相川、小指、大指、小瀧の十三|字(あざ)より成る家屋の流亡せるもの三百八、破壊(はくわい)十家屋五十七、死者(ししや)二百六 (内男九十三人、女百十三人)にして大室及大指の如(ごと)きは全村の家屋(かをく)殆んど破壊したり
【左上】被害地死体運搬の図
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