翻刻
【上段】
○大室村|佐藤(さとう)兵之助(へいのすけ)なるものは母らく妻(つま)みの(妊娠中(にんしんちう))長男松助
長女松代を失(うしな)ひて孤身(こしん)と為り海岸(かいがん)を捜索して死体(したい)の発見に力め
居(ゐ)たりしが松助(まつすけ)の屍を厩の下(した)に発見して掘出(くつしゅつ)し親族打寄りて何(なん)
たる因果にて此(この)死様(しにさま)を為せるぞ何(なん)の罰にて此(この)有様(ありさま)とは為りつる
ぞと声(こゑ)を放て慟哭(どうこく)する様見るに忍(しの)びず思はず同情(どうじやう)の涙を濺がし
めたり
●相川
相川村は総戸数(そうこすう)四十一戸の中(うち)三十九戸は流失(りうしつ)し辛うじて残れる
もの二|戸(こ)あるのみ総人員(そうじんゐん)ニ百四十|人(にん)の中(うち)百五十七人は溺死し五
十人は負傷す(微傷(びしやう)を負はざる者は殆(ほと)んどなし)一|家(か)悉(こと〴〵)く溺れ
て全滅(ぜんめつ)せるもの二|戸(こ)あり一人づゝ|生残(いきのこ)りて家族悉く死せるもの
五戸あり十三人の家族(かぞく)にして十一|人(にん)を失(うしな)へるあり一家老壮を喪
ひて倚(よ)る所を失(しつ)したる孤兒あり壮幼(そうえう)悉く亡せて己(おの)れの生残りた
るを憾(うら)むの老婦あり高地(かうち)に残りたる二|戸(こ)を除(のぞ)くの外は是れ悉く
夫に離(はな)れたるもの妻(つま)に別(わか)れたるもの子(こ)を失(うしな)ひたるもの親を流さ
れたるものゝみなれば相泣(あひな)き相慰め相扶(あいたす)け相携へて父母(ふぼ)妻子(さいし)の
屍体(したい)捜索(そうさく)に従事し居(お)れり此地は元来(ぐわんらい)製塩(せいえん)を業とし兼て農桑を営
み漁業(ぎょげふ)に従事するものは少(すくな)かりしが此惨状を呈(てい)したる事なれば
家財|道具(どうぐ)は一物として残(のこ)れるものなく塩田(えんでん)は悉皆洗ひ流され蠶
兒は今(いま)十日にして上簇(じやうぞく)するの時に際し更に其(その)隻影(せきえい)をも留めずな
れり馬匹(ばひつ)は六十五|頭死(とうし)し海浜に伏屍居並び其(その)腐敗(ふはい)せし臭気と石
炭酸もて消毒(せうどく)せし臭気と相合(あひがつ)して一種|異様(いやう)の臭気鼻を撲ち殆ん
ど立留りて見(み)るに堪ざらしむ海嘯は一|条(でう)の渓流(けいりう)に沿ふて泝(さかのぼ)る事
二十丁許り渓流の辺(あた)りは幹(みき)の太さ三|尺(じやく)内外(ないぐわい)の桑樹を折(を)り或は
根抜にせる事(こと)計(かぞ)ふ可(べか)らず海岸にある丈余の樹(き)の梢(こずへ)に幾十条とな
く昆布(こんぶ)の掛り居れるは以(もつ)て其海嘯の如何(いか)に猛烈なりしかを知る
べく海汀(かいてい)に一帯に木材の重(かさ)なり居りて恰(あた)かも幾千の筏(いかだ)を并べた
【下段】
るが如く見(み)ゆるは如何に流失(りうしつ)家屋(かをく)の多かりしかを知(し)るに足(た)るべ
し村役場は相川(あひかは)を距(さ)る一里半|白浜(しらはま)にあるが其出張所を相川(あひかは)に設
け郡衙員憲兵|巡査等(じゅんさとう)出張し五六里乃至二三|里(り)の地(ち)より人夫四十
名許りを徴発(ちょうはつ)し来りて跡(あと)掃除(さうぢ)を為し居れり田園(でんゑん)などの外は全村(ぜんそん)
の財産(ざいさん)を失ひたる事なれば富者(ふしゃ)も貧者(ひんしゃ)も一様に其日の食(しょく)にだも
窮(きう)せるより村役場|出張所(しゅつちやうじょ)の傍に十三|浜村(はまむら)にて賑恤所(しんじゆつじょ)を設け炊出(たきだし)
を為して飢餓(きが)を医せしめ生残(いきのこ)りたるもの皆此|救恤(きうじゆつ)を受け夜は流
され残(のこ)りの二戸に雑然(ざつぜん)として同居すれど迚(とて)も入切(いりき)れざる故或は
流されし跡(あと)に星を眺(なが)めつゝ寝ぬるあり或(あるひ)は数里の外に親戚(しんせき)を頼
り行くあり見(み)るとして聞(き)くとして涙(なみだ)の種ならぬはなし
●白浜
○一村残る者三名 宮城県(みやぎけん)本吉郡白浜は戸数(こすう)十三人口九十九
の村なりしが海嘯(かいせう)来(きた)りて家と人(ひと)と悉く運び去(さ)りて残りしは唯纔
かに三人のみ
●大指村
大指村の某(ぼう)の母と姪(をい)と婿とは縄にてシカと結(ゆ)はれ一|所(しょ)になりて
あがりたり。こは某(ぼう)は水練(すゐれん)の達者故、放(はな)れ〳〵になりては三人
はとても助(たす)け得ねば、かくして皆(みな)救(すく)はんと結ふまでは結(ゆ)ひたれ
ども、遂に力尽(ちからつ)きて共に死(し)するに至(いた)れるならんと其(その)情(じやう)実に察す
べし。又(また)父母(ふぼ)を失へる小兒(せうに)、我のみ残れる老人等(ろうじんら)、世人はこれ
をいかに思(おも)ふか
●戸倉村
戸倉村|流失(りうしつ)家屋(かをく)六十二戸と死亡者(しぼうしゃ)六十三名ありされど前者(ぜんしゃ)に比
すれば損害(そんがい)として数ふるに足(た)らず
○戸倉村字清 清水浜(しみづはま)の佐々木甚右衛門 (《割書:四十|三 》)同人(どうにん)弟(おとゝ)五三郎 (《割書:三|十》
《割書:六| 》)同彦右衛門 (《割書:三十|一 》)の三|夫婦(ふうふ)六人及び十二|歳(さい)の子(こ)と雇木挽一名流
失して死体(したい)さへ見えず跡(あと)に残(のこ)れる六十二|歳(さい)の老母と十三歳の悴