翻刻
【右頁上段】
のみ、
●志津川
宮城県下に於(おい)て最も惨状(さんじやう)を極めたるものを本吉郡とし、本吉郡(もとよしごうり)
に於て最も悲惨(ひさん)を極めたるものを志津川(しづかは)町及び其|付近(ふきん)の村落と
す、今其(いまその)状況を左に報道(はうだう)せん
海嘯の襲来 志津川(しづがは)町は新町、古町、沖(おき)の漬(づか)、埋立地の四字
に分れ人口(じんこう)凡(およ)そ五千あり新(しん)町と古(ふる)町とは高地にして郡役所(ぐんやくしょ)、警
察分署、収税署(しうぜいしょ)、学校電信局等は古(ふる)町に在(あ)り去(さ)る十五日は朝来
晴天にして海上(かいじやう)も静穏なりしが午後(ごゞ)五時頃に至(いた)り一天俄かに掻
曇り大雨(たいう)沛然(はいぜん)として篠衝くばかりなりしが続(つゞ)いて十|数回(すいくわい)の地震
あり人々|不安(ふあん)の念を懐(いだ)き居りし内(うち)午後(ごゞ)八時とも覚しき頃|轟(がう)然と
して雷鳴(らいめい)の如き響きあり這(こ)は何事ぞと訝(いぶか)る間もなく海嘯々々と
泣き叫(さけ)ふ声(こえ)此処彼処に聞(きこ)え沖の漬は三|戸(こ)を余(あま)すのみにて四十余
の家屋(かをく)は瞬間に濁浪(だくらう)に捲き去られ同時(どうじ)に埋立地も人家(じんか)尽く洗ひ
去られたり、海嘯(つなみ)は僅に四五|分間(ふんかん)にて退きたれども今(いま)まで在り
し市街は烟(けむり)の如く消へ去りて唯(たゞ)荒涼たる悲惨(ひさん)の光景を留むるの
み死屍(しゝ)累々(るゐ〳〵)として此処|彼処(かしこ)に横はり戦後の光景に比(ひ)すれば惨更
に惨(さん)なり
被害の大小 古(ふる)町、新(しん)町は高地に在(あ)るが故に海水漸く床上に
及びたるに過(す)ぎずして格別(かくべつ)の損害なかりしも沖(おき)の漬(づか)と埋立地と
は僅かに数戸を残(のこ)すのみにて余(よ)は尽く破壊(はくわい)しバラ〳〵となりて
海の方より古町の裏手(うらて)へ押流され多(おほ)くは其所有主を定(さだ)むるに由
なけれど堅牢(けんろう)なる家屋は間々(まゝ)現形(げんけい)の侭にて押流されしもあり、
街上の家屋(かをく)物品(ぶつぴん)は奇麗に洗ひ去られて一物(いつぶつ)をも留(と)めざれは死骸
を掩ふの藁(わら)もなく莚(こも)もなし
災後の手当 住民(ぢうみん)は家屋と共(とも)に押流さるゝもあり、逃(に)げ出さ
んとして濁浪(だくらう)に捲き去(さ)らるゝもあり多(おほ)くは無惨の溺死(できし)を遂げ幸
【右頁下段】
ひにして生(い)き残(のこ)れるものも大概(たいがい)軽傷を負(お)はざるはなければ如
何とも詮方(せんかた)なかりしに十七日に至(いた)り志津川|付近(ふきん)のもの集まり来
りて始末(しまつ)を付(つ)けたれども人足(にんそく)不足の為め十分に行届(ゆきとゞ)かず、県官、
赤十字社員等も出張(しゆつてう)して救護に尽力(じんりょく)し目下志津川|病院(びやうゐん)に収容せ
る負傷者(ふしやうしや)三十六名あり
悲惨の状況 海嘯(つなみ)の来るや妻(つま)る抱きて泳(およ)くものあり、子を負
ふて流(なが)るゝものあり、流木(りうぼく)に撃たれなから尚(な)ほ父(ちゝ)の死骸を放さ
す抱き付(つ)きたるまゝ死(し)せるもあり、妻(つま)や子(こ)を失ふて老人一人生
残れるあり、其(その)惨状(さんじやう)目(め)も当てられぬが中に或(あ)る婦人(ふじん)は足部を傷
けたるに治療(ぢれう)手後(ておく)れし為め傷部腐敗して足部(そくぶ)を切断(せつだん)せるものあ
り、或(あ)る七十余の老人(ろうじん)は股まで腐(くさ)れ込(こ)みたるも切断を拒み此侭
我家に還(かへ)し呉(く)れよ死んでも構(かま)はぬとて家(いへ)のことのみ心配(しんぱい)し其心に
掛る我家(わがや)は疾くに押流(おしなが)されて老妻のみ生残(いきのこ)りしに是れ又た負傷
して病院(びやうゐん)に在りとは夢(ゆめ)にも知らぬものあり、又(また)本吉郡書記諏訪
部勝治氏の妻女(さいじょ)は二階に上(のぼ)らんとするとき二|階(かい)倒(たほ)れて死去し、
沖の漬にては芝居小屋(しばゐごや)が壊れて見物の老幼男女(ろうえうなんにょ)悲鳴(ひめい)を揚げなか
ら或は溺(おぼ)れて死し或(あるひ)は踏まれて傷(きづ)つくもありて一|場(ぢやう)の修羅場を
演出(えんしゆつ)したりと
劇場平砂と化す 同地(どうち)の本吉座と称する劇場(げきぢやう)の如き可なりの
建築なりしも大波(だいは)の退きし直(そ)ぐ跡(あと)にて見れば忽ち平砂(へいさ)と化し居
たりと
遭難婦の悲鳴 志津川(しつがは)町(まち)にては男子の死傷(しゝやう)するもの多かりし
か生き残(のこ)れる婦人五十六|名(めい)打寄(うちよ)り破壊せる家屋(かをく)を指さしつゝ何
事をか語(かた)りては涙に掻(か)き暮(く)るゝさま見(み)るもの袖(そで)を濡(ぬら)さゝるはな
かりしと、
窶(やつ)れ果た 一人の漁父(ぎょふ)潰れたる家根計の家(いへ)より蹌跟(ひょろ〳〵)と出で来り
涙(なみだ)ながらに語(かた)るを聞けば当夜(たうや)尤も酷(むご)かりしは阿部豊次(あべとよじ)なるもの
【左頁挿絵二枚】
【上題】
相川村の赤十字社出張所
【下題】
被害地死者発掘の図