翻刻
【右頁上段】
するものなりと潜然(せんぜん)として泣き且(かつ)語(かた)れり
●大谷村
歌津に次(つひ)で被害の甚しきを大谷村(おほやむら)とす大谷村は赤牛(あかうし)、前浜、日(ひ)
門(かど)、大谷(おほや)の四字より成(な)れり赤牛は総戸数(そうこすう)十戸の中三戸流失して
六人死亡し前浜(まへはま)は二十四|戸(こ)の中十三|戸(こ)流失(りうしつ)して七十人死亡し日
門は納屋(なや)一棟流失して三|名(めい)死亡し大谷は九十九|戸(こ)の中七十戸流
失し総人員(そうじんゐん)七百人の中(うち)ニ百四十五人死亡人す馬匹(ばひつ)の死する者六
十五頭|船舶(せんぱく)の流失せるもの八十一|総家族(そうかぞく)悉く死亡して祀の絶る
もの四戸|老幼(ろうえう)若(もし)くは婦女子のみ生存(せいぞん)して途方に暮(く)るゝものゝ如
きは数ふるに遑(いとま)あらず村役場は大字(おほあざ)大谷にあれど高地(かうち)にあるを
以て幸ひに異状(いじやう)なかりしも郵便切手売下所は流失(りうしつ)し戸主小野寺
久蔵は家族(かぞく)三人奴婢五人と共(とも)に溺死し生存(せいそん)せるものは東京巣鴨
病院へ入院中(にうゐんちう)なる久蔵の悴(せがれ)丈吉と二人の家族(かぞく)のみなり今日迄に
死骸を発見(はつけん)せるもの百四十二|人(にん)同地の人民は漁業(ぎょげう)を営み兼て農
桑を事(こと)とせるが田畑(でんぱた)の害を被ること六十町歩|之(これ)を全村(ぜんそん)の反別に
比較すれば七|分通(ぶどう)りに当(あた)れり漁具等の存(そん)するものは更(さら)になし患
者|救済所(きうさいしょ)は村役場の隣(とな)りに設置され収容(しうよう)患者(くわんじゃ)八名と外来患者十
三名ありて赤十字(せきじうじ)救護員(きうごゐん)三浦頭一氏|担任(たんにん)し居れり救助を仰(あを)ぎて
生命を維(つな)ぎ居(お)れるものは八十四|戸(こ)にして三百六十九|人(にん)あり
田植の祝宴中に溺死 大谷村(おほやむら)の某方にては田植(たうゑ)の日にて手伝(でつた)
ひに来れる親戚(しんせき)知人等(ちじんら)と共に五十余名が祝宴(しゆくえん)を開き居る真最中(まつさいちう)
に海嘯押寄せ来(きた)りて悉く惨死(ざんし)を遂げたりと
●階上村
明戸は固(も)と一|小漁村(せうぎょそん)戸数(こすう)八十余人口五百に満(み)たす而(しか)して死する
者|実(じつ)に四百十五|破壊(はくわい)を免れし家屋|僅(わづ)かに高地(かうち)の三四戸あるのみ
唯々見る一|面(めん)の荒野此処の端(はな)より彼処の端(はな)迄(まで)茅葺屋根、柱、壁の
骨、畳、棟木、障子、臼(うす)、樽(たる)と凡そ一|家(か)の世帯道具|人生(じんせい)の生活に
【右頁下段】
必要なる物件(ぶつけん)を悉く集めて不秩序(ふちつじょ)乱雑(らんざつ)に並べ重ねたり此(こ)の有様
は何にか例(たと)ふべき泥に塗(ぬ)れたる佛像(ぶつぞう)倒(さかさ)になりてバラ〳〵になり
たる板子と雑居(ざつきょ)し其傍には味噌樽(みぞだる)造作もなく列(れつ)をなして並(ならぶ)あれ
ば鍔の欠(か)けたる泥塗の大釜(おほがま)の濡蒲団に包(つゝ)まるゝもあり高(たか)かりし
も低(ひく)かりしも大(だい)なりしも小(せう)なりしも美(うつく)しかりしも見すぼらしか
りしも一|視(し)無差別(むさべつ)皆(みな)三尺余の高(たか)さにゴタ〳〵|積(つ)み立(た)てらる、此
の乱雑(らんざつ)なる荒れ跡(あと)の処々に薄黒(うすくろ)き煙の登るは雑物(ざつぶつ)を焼き払はん
とて火(ひ)を放つなり其間(そのま)に長き柄つけたる鎌(かま)を荷(にな)ふて往来するは
「十六才|以上(いじやう)五十才以下」の徴発(ちやうはつ)に応じて救助に来(きた)りし付近の土(ど)
民(みん)なり遠き方(かた)に鞆の紋打ちたる幔幕(まんまく)を立て回(ま)はしたるは臨時救
護員の出張所(しゆつちやうしょ)なり警官は草鞋(わらじ)脚絆(きやはん)にて縦横に駆(か)け回はり有志
家は屋根(やね)を剥て屍体の捜索(そうさく)に従事せり
●大島村
漂着の家屋に両兒生存す 大島村(おほしまむら)袖(そで)ヶ|浜(はま)沖合へ各村の流失家
屋か二十|余棟(よむね)漂着(へうちやく)し来りて孰れも其屋根(そのやね)を破(やぶ)りたるに不思議にも男の
兒二人か生存(せいぞん)し居たるを見出(みいだ)したれは之を聞糺(きゝたゞ)すに同郡|鹿折(しかをり)村
鶴浦栄治なる者(もの)の子(こ)にて十一|歳(さい)と五歳の兄弟(きやうだい)なりしと云ふ
●唐桑村
宮城県の北部(ほくぶ)に於て最も悲酸(ひさん)の情に堪へさるは唐桑村(からくはむら)なり初め
海嘯の起(おこ)るや砲声の如(ごと)き音(おと)二回ありしかは人々|何事(なにごと)ならんかと
思ひ居(を)れる中(うち)八時半に至(いた)り高さ平水より六|丈(ぢやう)に上れる海嘯疾風
の勢を以(もつ)て浸入し来(きた)り瞬時に家(いへ)を漂はせ数丁(すうちやう)の奥に打揚げたり
此間|僅々(きん〳〵)二三分間なれは全(まつた)く絶命しきらぬもありて翌朝(よくてう)に至る
も尚(なほ)悲鳴(ひめい)の声絶えす泣(な)き叫(さけ)ふ声を知辺(しるべ)に到り見れば髪(かみ)を蓬に振
乱し顔色(がんしょく)蒼青となりたる上に煤(すゝ)を浴(あ)び楹に足(あし)を布かれ居れる婦
女あり或(ある)ひは手を挟(はさ)まれたるもの背に屋根(やね)を負へるもの腰部(こし)以
【左頁挿絵二枚】
【上題】
唐桑村にて死人倒まに田中に立の図
【下題】
廣田村の海中漁網を卸して五十余人の死体を揚るの図