翻刻
【右頁上段】
も填充(てんじう)せられ、馬匹(ばひつ)の死骸其の間だ〳〵に浮(う)きつ沈みつ、隠見(いんけん)
する様(さま)は一見|酸鼻(さんび)の外なし尚(な)ほ屍体の発見せられざるが多(おほ)けれ
ば、此の屋根下(やねした)、梁桷の底(そこ)には幾多(いくた)冤霊(ゑんれい)の群をなすことならん、
想(おも)ひやるだに涙(なみだ)の種なり、又其残れる家々は、罹災者(りさいしゃ)の遺族にて
充満(じうまん)せられ、子供等が泣く声、老婆(ろうば)が咽び声、実(じつ)に目も当られ
ぬ惨状(さんじやう)なり、又負傷者は小友村(をともむら)に設置されたる救済所(きうさいしょ)に送致し
目下(もくか)手当中なり
憐(あは)れなる巡査 気仙(けせん)の末崎(まつさき)駐在所に務むる山口と云ふ巡査(じゆんさ)は
自分(じぶん)は負傷しつゝも助(たす)かりしが家族六人|父母妻子(ふぼさいし)を失ひ昨今は
負傷(ふしやう)の身なるにも拘(かゝ)はらず半狂乱にて巡査|服(ふく)を着せし侭(まゝ)頬冠(ほゝかむり)し
て背(せ)には大なる風呂敷(ふろしき)に握飯(にぎりめし)荷ひつゝ日々海岸を巡視(じゆんし)して一家
の死体を見出(みいだ)す外余念なしと
○藻の中より小供(こども)を発見す 米崎も亦|難(なん)を被りて死傷(しゝやう)多(おほ)し海
嘯後|越(こ)えて三日|人(ひと)あり来りて田の中に堆積(たいせき)せる藻草を掻きのけ
しに一人の幼兒十四五の少女(せうぢよ)に抱かれて眠(ねむ)り居れり少女は既に
死して糜爛(びらん)し居りしも其の懐にありし幼兒(おさなご)は微かに呼吸(こきふ)通じ居
りしかば直ちに療養(れうやう)を加へしに全快せりと云ふ(挿図参看)
●廣田村
大金の流失 廣田村(ひろたむら)の刈谷丈右衛門は家屋(かおく)流失(りうしつ)のため古金
銀一箱、紙幣(しへい)五万余円を失(うしな)ひたりと
●船山(ふねやま)に登る 廣田村(ひろたむら)字六ヶ浜にては帆船|山腹(さんぷく)に打揚(うちあ)げられ
たるもあり又(また)数丈(すうぢやう)も高き高地の上|鰹船(かつをふね)の押揚げられたるもあり
土蔵(どどう)の敷石が皆遠(みなとほ)く洗ひ去られたる亦船の漂蕩(へうたう)して人家を貫き
たる皆|被害(ひがい)の激烈(げきれつ)を証するに足れり
○子を産(う)んで海嘯(つなみ)に襲はる 同村(どうそん)佐藤某の妻は男の子(こ)を産み
て一|家(か)喜(よろこ)び合(あ)ひしは束(つか)の間(ま)、僅(わづ)か三分|経(た)つか経(た)たざるに海嘯(つなみ)に
浚はれしに如何(いか)にしてか岸(きし)に這(は)ひ上り其後(そのご)療養(れうやう)せし処今は健全(けんぜん)
【右頁下段】
の身(み)となりしと
○一網五十余人 同村(どうそん)にては海中の死屍(しゝ)を捜索(そうさく)するが為め漁
網を卸(お)ろして曳(ひ)きしに網に罹(かゝ)りて来りし者五十余|人(にん)余りに重く
して曳(ひ)き上ぐること能(あた)はず漸やく半分(はんぶん)づゝに分(わか)ちて陸に上げた
りと(挿図参看)
○家を閉ぢて災を免る 廣田村(ひろたむら)に小松駒次郎と云へる人(ひと)あり
此人は同地(どうち)の水産家にて既(すで)に本年の四月|頃(ごろ)遠海(えんかい)漁業を企てたる
ことあり今回(こんくわい)の災変に就(つい)て此人の宅(たく)は海岸にありたる故(ゆゑ)危険言
ふべくもあらざりしが主人(あるじ)は泰然として動(うご)かず、驚(おどろ)き迷(まよ)ふ家人
を制し逃(に)け迷(まよ)へばとて逃得(にげえ)ざる運命なれば逃得(にげう)べきにあらず運
は只だ天(てん)にありとて家人(かじん)の外出を禁(きん)じ固く窓戸(そうこ)を鎖し一同静ま
り返りて控(ひか)へ居(ゐ)たるに好運にも波(なみ)は其上を越(こ)ゑ行(ゆ)きて些の侵水
をも被(かうむ)らず一|家(か)団欒(だんらん)の侭平穏|無事(ぶじ)なるを得たりとぞ
●大船渡湾付近
大船渡湾は長(なが)さ三|里巾(りはゞ)十七八|丁許(ちやうばか)りあり湾の入口に近き大字石
浜より対岸(たいがん)蛸(たこ)の浦の方位に向(むか)ひ遠く望(のぞ)めば長さ五六|町(ちやう)の堤防を
築きたるが如(ごと)く近く眺(なが)むれば一条の白洲(しらす)の如く見ゆるものは是(こ)
れ流失(りうしつ)家屋(かをく)の木材相|集(あつま)れるものにして木材(もくざい)の間往々交ゆるに人
馬の伏屍を以(もつ)てし湾の周囲(しうゐ)七八里の間(あひだ)殆んど空処なき迄(まで)に波止
場を築(きづ)きたるが如(ごと)くなり居れる物亦(ものまた)流失家屋の木材(もくざい)の寄れるも
のなるを見(み)ても如何に海嘯(つなみ)の激烈(げきれつ)にして如何に多(おほ)くの家屋根を
流したるかを知(し)るを得べく原形(げんけう)の侭少しも破壊(はくわい)せざる屋の湾中
に浮びて幾個(いくこ)の浮島を作(つく)れるは頗る奇観(きくわん)なり
大船渡の中(うち)被害(ひがい)の稍激しきは下船渡(しもふなと)にして五十六戸中三十六戸を
流失し残余(ざんよ)二十戸も村長某(そんちやうぼう)の家と他の二三|戸(こ)を除(のぞ)きては大破せ
ざるものなし下船渡(しもふなと)、平、長井沢(ながゐさは)、笹ヶ崎の四|字(あざ)は半ば漁業に従
ひ半ば農桑(のうさう)に力むる地(ち)なるに田地(でんち)は全反別四十町歩|尺寸(しやくすん)も剰す
【左頁挿絵二枚】
【上題】
越喜来の小学校教員御真影を捧げ出すの図
【下題】
篝火の為に命を拾ひ得たるの図 (釜石町)