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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百十八號 大海嘯被害録(上) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百十八號 大海嘯被害録(上) - ページ 28

ページ: 28

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【上段】 の当日は同町|出身(しゆつしん)凱旋兵の為に祝賀会(しゅくがくわい)を南端海岸の洲崎に開く 余興(よきよう)として多くの花火(はなび)を製造し昼(ひる)は海中に船(ふね)を浮べて狼煙を天 に漲(みなぎ)らし夜は会場付近に於て之を打上(うちあげ)たり去れば全町の有志家(いうしか) は朝来の雨(あめ)を厭はず子女(しぢよ)を伴ふて会場に参集(さんしふ)し名誉(めいよ)ある兵士を 欵待(くわんたい)し一同興に入りて夜(よ)の八時頃となれり而(しか)して花火(はなび)は第四発 目(め)を打上げ終りぬ折柄(をりから)沖合(おきあひ)に当りて百雷の一|時(じ)に落(をつ)るが如きを 聞き人々|奇異(きい)の想ひを為すうち大地(だいち)微震(びしん)を感ずると同時(どうじ)に第二 回の海上(かいじやう)鳴動を聞きぬ此度は第一回に比して響(ひゞき)の高(たか)き事数層倍 若しや海嘯(つなみ)には非ずやと疑(うたが)ふ間に浜辺に在りし人(ひと)の叫びとして 海嘯(つなみ)々々(〳〵)と声を限りに呼立(よびた)てぬ果然|大海嘯(おのつなみ)は大山の崩れ来るが 如(ごと)く極めて速かなる勢を以て襲(おそ)ひ来れりアレよと驚(おどろ)き逃る一|刹(せつ) 那(な)十|数丈(すぢやう)の狂瀾は洲崎の祝賀会場を一|蹴(しう)して市街(しがい)の東南端なる 大須賀を衝(つ)き直ちに本通(ほんとほ)りの八日町に出でんとすアワや大槌(おほつち)市(し) 街(がい)は釜石(かまいし)同様|至大(しだい)の大惨状に陥らんとせしに八日町の隅(すみ)に海産 物の豪商(がうしやう)古館武兵衛氏の大土蔵二棟と其|居宅(きよたく)の儼然之を支ふる ありしかば狂瀾(きやうらん)之か為に其勢を割かれ一は市街(しがい)の南方裏手を払 つて西端の四日町に出(’い)で一は市街の北方(ほくぽう)を走りて大須賀の全部(ぜんぶ) を破壊せり大須賀には四戸の妓樓(ぎろう)ありて四戸共に破滅(はめつ)したれど も娼妓(しやうぎ)等は二階に居りし為(た)め辛(から)くも一命を助かりたり又洲崎に は五個の水産物(すゐさんぶん)製造所ありしかと跡(あと)なく破壊(はくわい)せられて一物を止 めず大槌|市街(しがい)五百余戸の中|破滅(はめつ)せしもの百余戸半潰れ百余|戸(こ)合 計(けい)ニ百五十|余戸(よこ) 三千五百余人の内死亡せしもの百三十|余人(よにん)死 屍の未だ発見(はつけん)せられざる者卅余|而(しか)して小兒|最(もつと)も多しといふ蓋し 海嘯(つなみ)の当夜|花火(はなび)見物の為に集り来(きた)りて逃場を失ひ悉く惨死(ざんし)を遂 げたるなり死亡中(しぼうちう)には当日の名誉員(めいよゐん)たる近衛一等|軍曹(ぐんそう)佐瀬富吉 (白色|桐葉(どうえう)章勲八等)の海軍火夫|中村(なかむら)芳太郎 (勲(くん)八等)の二人あり 共に砲煙(はうえん)弾雨(だんう)を冒して目出たく錦(にしき)を故郷に着け空しく海嘯(つなみ)の為 【下段】 に斃る豈|酸鼻(さんび)の極ならずや又第二|師団(しだん)の騎兵(きへい)たりし馬場(ばゝ)力雄(りきを) (花火|製造人(せいぞうにん))は危く捲去(まきさ)られんとせしも辛(から)き所にて一|命(めい)を助か りたり而(しか)して釜石(かまいし)其他に比し死者(ししゃ)の比較的少なかりしは祝賀会 のありしため早く海嘯(つなみ)の襲ひ来るを認(みと)め壮丁(さうてい)の逃たるもの多き に由るといふ ○海嘯(つなみ)の勢  大槌(おほつち)町は両石及び船越(ふなこし)に比し海嘯の勢|幾分(いくぶん)か減 ずるものゝ|如(ごと)し是れ襲来(しうらい)の海嘯御箱崎と野島崎(のじまざき)との為に支へら れ多少(たせう)其勢力を殺(そ)がれたるを以て全力(ぜんりょく)を両石及び船越(ふなこし)に移され たるに由る而(しか)して御箱崎の南に在る三貫|嶋(しま)を見はれ海嘯(つなみ)の勢の 激烈(げきれつ)なる事非常にて波勢尚十四五|間(けん)も高(たか)かりせバ仮宿邑(かりやどむら)の後の 山(やま)を踰(こ)えしならんとの事なり豈|恐怖(きようふ)すべき限りならずや ○惨話一二  大槌湾(おほつちわん)の中央に蓬莱島(ほうらいじま)と名づくる明媚(めいび)の一小島 あり海嘯は之を越(こえ)て来りしが其|退(しりぞ)き去るに臨みて波中に捲かれ たる一人|島上(とうじやう)の松に縋(すが)り付き僅(わづか)に一命を全(まつた)ふせり又|岩舘(いはだて)儀助(ぎすけ)と いふ大須賀の住人(ぢうにん)あり当夜(たうや)八日町の本家に赴(おもむ)き居りて死を免か れたれど他(た)の家族は三人|全(まつた)く惨死(さんし)を遂げたる由    ●東閉伊郡   ●田の浜村 ○田(た)の浜の全滅  田の浜は大槌(おひづち)町の北に当(あた)る一漁村なるが此 地は全村|流失(りうしつ)の大惨状に罹りたり ○田の浜の役場員(やくばゐん)も悉く流亡(りうばう) ○危(あやふ)く命を拾(ひろ)へる者少なからず戸脇某は畳(たゝみ)と共に子供を抱しま ゝ天井に突上(つきあげ)られたれば小兒を梁(はり)に括(くゝ)り付け自らは船の流れ来 りしに飛乗(とびの)りて命|拾(ひろゐ)をなし折笠長右衛門は家(いへ)と共に流(なが)されし所 へ舟が来(きた)りたれば之れに飛乗りて流(なが)れ八幡丸と云ふ風帆船(ほまへせん)に助 けらる ○二人の子(こ)を負ふて死(し)せる婦人(ふじん)あり