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【右頁上段】
の村(むら)なりしに今は一戸だもなく一|見(けん)すれば曾て村落(そんらく)ありし跡さ
へ認むる能はず死傷(ししやう)人員三十余名を超ゆると云ふ惨と云ふべし
●野田村
野田村 は戸数(こすう)百三十余|戸(こ)なりしに二十余戸を遺(のこ)して他は悉
く流失(りうしつ)し又は潰滅(くわいめつ)して其状久慈港に異ならず牛馬の斃死(へつし)したる
もの尚ほ所々に在りて臭気(しうき)堪へ難し死傷|人員(じんゐん)を詳にせざれども
四百|余名(よめい)を下らずと云ふ
佐藤貞次氏 は此村(このむら)第一の富豪家(ふがうか)にして酒造業を営み一箇年
の収入(しうにふ)四千余円を下らすと土民の語(かた)る所に拠れは年々三千余円
を盛岡市の某銀行(ぼうぎんこう)に預くると云ふ幸に家族(かぞく)に一名の死傷者なか
りしは慶す可(べ)きなり此|付近(ふきん)の豪家にして全家|恙(つゝが)なきは佐藤氏を
除(のぞ)きて一もなし
●久慈港
久慈港は十五日の午後(ごゞ)九時十五分|強震(きやうしん)あり夫より十三分間に二
回の響を聞(き)き次で同三十分|海上(かいじやう)遙に凄まじき響せしと思(おも)ふ間も
なく高さ五丈|許(ばか)りの海嘯起りて瞬間に八日町 (港(みなと)より一里)迄押
上(あ)げたりしも僅々五分間にして濁水全く退(しりぞ)きたり
濁潮の退(しりぞ)くや八日町の消防夫、人民は救護(きうご)の為めとして相呼び
相叫び役場員(やくばゐん)、巡査と合して同|夜(や)十一時薬其他を携帯(けいたい)して被害
の現場に駈付(かけつ)け救助に取掛りたれども真(しん)の闇夜にして咫尺を弁
ぜず探し求(もと)むるに術もなければ人々|唯(たゞ)叫喚の声(こえ)を目当てに駈け
廻(ま)はる中折角見当る被害者も助け起(おこ)せば心緩みてか早絶息の体
なり周章(あはて)て薬を与ふれば嚥み下す力もなくて其侭(そのまゝ)絶命(ぜつめい)したるも
の最も多しと
当地(たうち)の溺死者は三百余、生死不明の者百五十|余(よ)名、家屋は僅に二
戸を余(あま)すのみにて他は皆(みな)流失(りうしつ)せり
生存者は難(なん)を山に避(さ)けたるものか或は木材(もくざい)の為(た)めに圧せられて
【右頁下段】
身動きの叶はざるものゝみにして山中(さんちう)に逃(のが)れたるものは絶食(ぜつしょく)三
日|漸(やうや)く他の救護(きうご)に依て再生の心地せりと
溺死者の死体(したい)は席に包みたる侭|今尚(いまな)ほ海岸(かいがん)の此処彼処に散布堆
積して臭気(しうき)鼻を撲つに堪へず
●種市村
○妊婦の溺死 種市村(たねいちむら)にては臨月(りんげつ)に近き妊婦(にんぷ)二名溺死し爾か
も其|死体(したい)の同じ処に頭(あたま)を並べて漂着(へうちやく)せしは無惨にも亦た不思議
なり
○親子の死体(したい) 種市村近傍にて一人の男三歳ばかりの子供(こども)の
襟(えり)を攫(つか)みたる侭死体浮き上りたりと恩愛(おんあい)の情左もこそと見るも
の皆袖(みなそで)を絞(しほ)りぬ
●青森県三戸郡
●八戸
湊停車場 は一|昨(さく)二十七年|建設(けんせつ)に際し四十一年前に襲(おそ)はれし
海嘯(つなみ)の様子を古老(ころう)に聞き質(たゞ)して土盛(どもり)の設計(せつけい)を為し余程地盤を高
めたるを以て今回の海嘯も幸に災難(さいなん)を免れ僅(わづ)かに八戸線(はちのへせん)の突堤
一間半ばかり洗(あら)はれたるに止(とゞ)まり列車の運転(うんてん)には少しも差支へ
なしされば日本|鉄道(てつだう)会社の線路(せんろ)中湊沢を除(のぞ)くの外は被害絶へて
なしといふ
●湊町
○漁船の舳屋内へ突入す 湊町(みなとまち)は被害少なかりし方(かた)なるが
湊川|河口(かはぐち)より浸入したる海水(かいすい)逆流(ぎやくりう)して百石積の帆前船(ほまへせん)一艘は陸
上に打上げられ又(また)大小(だいせう)百余艘の漁船多くは其(その)鼻先(はなさき)を以て家屋(かをく)の
羽目板を破(やぶ)り突入したる有様(ありさま)は実に凄じかりしと云(い)ふ
●湊村
○湊村 は七八十|戸(こ)の所(ところ)全部流失せり其(そ)の死傷|少(すく)なからさる
となん又|電柱(でんちう)三十本流失せしに付(つき)久慈(くじ)電信局(でんしんきよく)にては臨時電信機
【左頁上段】
を夏井村に設置(せつち)し辛うじて通信(つうしん)をなせり、又(また)湊村(みなとむら)字銀にては
民家四戸|流失(りうしつ)し八戸破壊し学校(がくかう)一棟亦た破壊(はくわい)し死者三名生死不
分明の者二|名(めい)あり船舶|橋梁(けうりやう)及び漁具の流失(りうしつ)破壊(はくわい)せしもの数多あ
り、又(また)市川村(いちかはむら)、階川村も害を受(う)けたり
○二階家の銅切 海嘯(つなみ)の為(ため)家屋の銅切りとなれるか多(おほ)し二|階(かい)
造(づく)りの家屋(かをく)は海嘯のドッと押寄(おしよ)するや下座敷(したざしき)のみメリ〳〵と押
潰されて二|階(かい)は其侭に残(のこ)れるもの各地(かくち)にあり湊村の白銀(しろがね)小学校
の如きも其(その)一なり
今回の災害に付(つき)義捐金|募集高(ぼしうだか)の幾何に達(たつ)せしやは精確に調査す
べからずと雖(いへど)も各新聞社の本月(ほんげつ)三日迄に集(あつ)まるものは
四万三百三円九十三銭 時事新報社
三万四千二百四十三円六十一銭八厘 日報社
一千八百二十九円六十八銭九厘 日就社
三千五百十九円四十四錢六厘 中央新聞社
三千九百五十八円二十八錢 都新聞社
新聞社外に各町(かくちやう)有志者(いうしゝや)より罹災者へ義捐金(ぎえんきん)寄贈方府知事へ宛て
出願する者(もの)陸続(りくぞく)多(おほ)きを以て自今(じこん)右出願者は所轄(しよかつ)郡区役所へ申出
で郡区長より直(たゞ)ちに三県|知事(ちじ)へ宛て送付(そうふ)すべきことに久我知事
より夫々|通知(つうち)ありたれば直接(ちょくせつ)に区役所に於(おい)て送金の手続(てつゞき)等万端
懇切に取斗(とりはから)ふよし又|弊堂(へいどう)支店(してん)所在地なる神田通|新石町(しんこくちやう)にては逸
早くも町内|有志者(いうししゃ)は右の金額を醵集(きょしう)し之れか送金方(そうきんかた)を神田区長
に出願せしに区長(きちやう)は万事懇切に取斗(とりはから)ひ又第三銀行にては該金(がいきん)為
換高を無手数料(むてすうれう)に取扱ひたり
通新石町義捐金百八十五円
【左頁下段】
内訳 ○岩手県、百十五円○宮城県、五十円○青森、二十円
世には今回の海嘯(つなみ)を奇貨として種々(しゆ〳〵)の名を付し切符等(きつぷとう)を強売す
る姦竪ありと云(い)ふ此等(これら)は厳粛(げんしく)なる警察の眼下(がんか)に於て逃れ得べし
とも思(おも)はれされど無智(むち)の民(たみ)に至りては或(あるひ)は其わなに陥るもの無
しとせず深(ふか)く注意を加(くは)ふべき事にこそ