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コレクション: 愛知県豊橋市関連資料

東三河之古城 - 翻刻

東三河之古城 - ページ 6

ページ: 6

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 所在地 渥美郡伊良湖岬村大字小塩津  烏丸家の代官たりし馬塲右近進の居城なりしが、延徳年間戸田宗光に討たれ、後大永三年四月  戸田政光に亡さる。 日 留 輪 城  所在地 渥美郡赤羽根村  幡豆郡小笠原摂津守の子新九郎安元、徳川家康より赤羽根、芦、赤澤の三邑を賜ひ、当城を築く。 大  崎  城  所在地 豊橋市大崎町  大永二年戸田金七郎宣成、牧野傳蔵、信成等に攻められて吉田城を逃れ、退きて当城を築き、  これに拠れり。 伊 川 津 城  所在地 渥美郡伊川津村  伊川津七党大谷、青木、赤松、戸田、渡邊、中村、河合の拠るところなり。 田  原  城 所在地 渥美郡田原町  明応年間、戸田弾正左衛門宗光の築くところにして、その子弾正忠憲光、次に左近尉政光(仁  連木城主)、次に弾正少弼宗光これを嗣ぎ、天文元年(享禄二年とも云ふ)五月、松平清康に攻  められ、これに降る。後天文十六年九月今川勢大挙して攻撃し、戸田家遂に没落す。これより  今川家の臣朝比奈肥後守元智これを守るも、永禄七年徳川家康本多豊後守広孝をして攻撃せし  め、これを陥る。以後徳川領となりて、広孝城主となり、次に同康重之を嗣ぐも、天正十八年  より池田輝政吉田城主となるに及んで、東三地方の大部分、池田の領地となり、当城も輝政の  臣伊木清兵衛忠次これが城代となれり。つゞいて徳川時代となるに及んで三宅氏代々こゝに居  城せり。 加  地  城  所在地 渥美郡田原町大字加治(取手山)  城主不明。         宝 飯 郡 之 部