翻刻
所在地 渥美郡伊良湖岬村大字小塩津
烏丸家の代官たりし馬塲右近進の居城なりしが、延徳年間戸田宗光に討たれ、後大永三年四月
戸田政光に亡さる。
日 留 輪 城
所在地 渥美郡赤羽根村
幡豆郡小笠原摂津守の子新九郎安元、徳川家康より赤羽根、芦、赤澤の三邑を賜ひ、当城を築く。
大 崎 城
所在地 豊橋市大崎町
大永二年戸田金七郎宣成、牧野傳蔵、信成等に攻められて吉田城を逃れ、退きて当城を築き、
これに拠れり。
伊 川 津 城
所在地 渥美郡伊川津村
伊川津七党大谷、青木、赤松、戸田、渡邊、中村、河合の拠るところなり。
田 原 城
所在地 渥美郡田原町
明応年間、戸田弾正左衛門宗光の築くところにして、その子弾正忠憲光、次に左近尉政光(仁
連木城主)、次に弾正少弼宗光これを嗣ぎ、天文元年(享禄二年とも云ふ)五月、松平清康に攻
められ、これに降る。後天文十六年九月今川勢大挙して攻撃し、戸田家遂に没落す。これより
今川家の臣朝比奈肥後守元智これを守るも、永禄七年徳川家康本多豊後守広孝をして攻撃せし
め、これを陥る。以後徳川領となりて、広孝城主となり、次に同康重之を嗣ぐも、天正十八年
より池田輝政吉田城主となるに及んで、東三地方の大部分、池田の領地となり、当城も輝政の
臣伊木清兵衛忠次これが城代となれり。つゞいて徳川時代となるに及んで三宅氏代々こゝに居
城せり。
加 地 城
所在地 渥美郡田原町大字加治(取手山)
城主不明。
宝 飯 郡 之 部