翻刻
一 色 城
所在地 宝飯郡牛久保町岸組
永享十一年一色刑部少輔時家(又時氏)鎌倉に破れて当国に来り、吉良俊氏の許に潜みしが、後
宮島長山村に来り当城に拠れり。その裔刑部少輔文明九年家臣波多野全慶に殺され、以後十数
年波多野氏当城主たり。明応二年十二月に至り牧野左衛門成時(古白)灰塚野に戦つて全慶を誅
し当城を奪ひ、これより代々牧野氏の居城となれり。
牛 窪 城
所在地 宝飯郡牛久保町
享禄二年牧野出羽守保成長山の岸に当城を築き、息伝三郎成元、同右馬允成守居住す。後右馬
允成定、今川氏に属し永禄四年吉良義昭の命にて西尾城を守りしが敗れて当城にかへり、同七
年徳川氏に降り、同九年卒す。其子新次郎康成これを嗣ぐも、一族出羽守清成所領を押領せん
とす。康成これを徳川氏に訴へ、裁断を乞ふ。即ち家康、成定の遺領悉く康成に賜ひ、又水野
下野守信元に命じて、出羽守を国外に追ひ払はしむ。後天正三年長篠の役に織田信長当城に入
りて武田勢と対陣す。越えて天正十八年八月家康江戸に移るに際し康成上州大湖に移さる。
行 明 城
所在地 宝飯郡牛久保町大字行明字末広
星野日向守先祖代々の居城なりといふ。
瀬 木 城
所在地 宝飯郡牛久保町瀬木
明応二年牧野成時(古白)これを築き、次いで二男新次郎此に居住す。
伊 奈 城 (上島城)
所在地 宝飯郡小坂井町伊奈
室町の中期より天正十八年に至る間、本多縫殿助歴代の居城なり。大永四年徳川清康、山中、
岡崎の両城を攻略せし際、城主本多正助徳川に属し大功あり、その子正忠城主となりて八郎と
称し、後縫殿助と云へり。享禄二年徳川清康、吉田城を攻めし際、正忠清康に従ひ城の東門を
破つて先登し、吉田城を陥す。清康進んで田原城を攻撃せんとせしも、城主戸田氏戦はずして
降りたれば、直ちに凱旋して伊奈城に入れり。正忠、酒殽を用意し、その武運を祝す。この時
城池に生へし、水葵を籍きて殽を盛れり。清康これを見て吉瑞なりとて大に喜び、以後これを