翻刻
【右丁】
息子(むすこ)放蕩(どら)和尚(をしやう)《割書:おしやうはどらを|しやうなり》栄花(ゑいぐわ)に育(そだち)て奢(おごり)に超過(てうくわ)し
金銀(きん〴〵)は湧物(わきもの)と思(おも)ひ湯水(ゆみづ)のごとく遣(つか)ひ果(はた)して身上(しんしやう)に始(はじめ)は僅(わづか)の
穴(あな)をあけけるに利(り)に利といふ悪魔(あくま)累(かさな)りて大穴(おほあな)となる爰(こゝ)に於(おい)て
身代(しんだい)の山道(やまみち)難所(なんじよ)多(おほ)く下(くだ)り坂(さか)に趣(おもむ)き為事(すること)なすこと鶍(いすか)の
嘴(はし)と齟齬(くひちがひ)多(おほ)く或(ある)ひは山(やま)に掛(かゝ)り火災(くわさい)に係(かゝ)り律義(りちぎ)一遍(いつへん)
性人(しやうにん)数年(すねん)の辛苦(しんく)こゝに於(おい)て空(むなし)く烏有(ういう)となるそれより放蕩(どうらく)
和尚(をしやう)は隠居(いんきよ)和尚(をしやう)となり女房(にようばう)大師(だいし)事務(じむ)を預(あづか)り長(おさ)を振(ふり)
古参(こさん)の家来(けらい)を追出(おひだ)し新(あらた)に経済(けいざい)の守法(しゆほふ)を更(かへ)恣(ほしい)まゝに我(が)
意(い)に募(つの)り万(よろづ)に蔑(ないがしろ)多(おほ)くさかしきに従(したがひ)て親類(しんるい)世間(せけん)の突合(つきあひ)
に追倒(おひたふ)され番頭(ばんとう)再勤(さいきん)後見(こうけん)和尚(をしやう)孫(まご)の浮気(うはき)上人(しやうにん)三世(さんぜ)に至(いた)る
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十二
【左丁】
牝鶏(ひんけい)の朝(あした)するは家(いへ)の索(つくる)所(ところ)と宜(むべ)なるかな女房(にようばう)大師(だいし)公道(こうどう)を弁(わきま)へず
人情(にんじやう)の非理(ひり)を押(おし)て万事(ばんじ)後悔(こうくわい)道(どう)に至(いた)ることのみ多(おほ)かりければ些(すこし)
の間(ま)に借金(しやくきん)に首(くび)も廻(まは)らず融通(ゆづう)止(とま)りて親々(おや〳〵)堂(どう)證(しやう)考正(かうしやう)の
相談(さうだん)相手(あいて)一個(ひとり)もあらず此(この)とき急(きう)に壁(かべ)に馬(うま)を乗掛(のりかけ)たる無(ない)といふ
兵(つはもの)出(で)ても救(すくふ)べき手段(てだて)なし龍陽魚(ごまめ)の歯(は)ぎしり負吝(まけをしみ)も百計(ひやくけい)
とゝに尽果(つきはて)て只(ただ)あはれむべきは浮気(うはき)性人(しやうにん)独(ひとり)貧乏鬮(びんぼうくじ)を背負(しよひ)
こみて無間(むけん)の鐘(かね)も搗(つく)便(たよ)りなく異見(いけん)の種(たね)も聞(きく)によしなし
左(ひだ)り前(まへ)の尊像(そんぞう)梵天(ぼんてん)国(こく)へ帆(ほ)を懸(かけ)て亡命(かけおち)の身陀(みだ)となり給ふ
是(これ)を諺(ことわざ)に親(おや)は挊(かせぎ)子(こ)は楽(らく)をする孫(まご)乞食(こじき)すると言 満(みつれ)ば欠(かく)る
盛衰(せいすい)栄枯(ゑいこ)の理(ことはり)天命(てんめい)に協(かなは)ざれば此如(かくのごと)し分(ぶん)を量(はかり)足(たる)ことを