翻刻
【右丁】
知(しつ)て奢(おごる)心(こころ)なき者(もの)は斯(かゝ)る患(うれ)ひ子孫(しそん)にもあらず斯(かく)て親類(しんるい)證人(しやうにん)
位牌所(ゐはいじよ)断絶(だんぜつ)せんことを悲(かなし)み九尺(くしやく)二間(にけん)の裏店(うらだな)を一宇(いちう)再興(さいこう)し
給ひ不経済(ふけいざい)散財(さんざい)事(じ)と号(がう)す後悔(こうくわい)堂(どう)第一(だいいち)の名所(めいしよ)なり
南無山(なむさん)仕損(しそん)事(じ) この山(やま)のはづれにあり本金(もとで)は損者(そんじや)を安置(あんち)す
仕損(しそん)事(じ)は借銭(しやくせん)の渕(ふち)にあり奢(おごる)平気(へいき)の一文(いちもん)なし身代(しんだひ)落城(らくじやう)の
古跡(こせき)にてやしまだんの裏店(うらだな)に引籠(ひきこも)り米櫃(こめびつ)の底(そこ)を見(み)くづと
なり平気(へいき)の一文(いちもん)おんりやう借(かり)とないて諸人(しよにん)をなやませけるを平(へい)
気借(きがり)といふ《割書:またへいき|蟹(かに)ともいへり【注】》伯母(をば)山(さん)の御内證(おんないしやう)よし常(つね)家名(かめい)堅(かた)いか無(む)だするな
吝(しはん)ぼうあかん弁慶(べんけい)などいふつはもの救(すく)ひのため質(しち)の谷(たに)さかおどしに
合力(かふりよく)して帳(ちやう)をけし今度限(こんどかぎり)と戦(たゝか)給ひ平気借(へいきがり)のおんりやうたゝり
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十五
【左丁】
なくなりしといふ
貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ) 中銭道(なかせんだう)より入(い)る算要道(さんえうだう)の迷所(めいしよ)なり
本地(ほんち)銭程(ぜにほど)光(ひかる)闇陀(やみだ)如来(によらい) 黄金佛(わうごんぶつ) 吝嗇(りんしよく)利欲(りよく)和尚(をせう)開基(かいき)
非義(ひぎ)非道(ひだう)妙応(めうおうの)像(ざう) 《割書:爪(つめ)にともす火(ひ)をうしろにせおひ右(みぎ)のおん手(て)にじやけんの|つるぎをもち左(ひだ)りに人(ひと)の金(かね)でしばるのなはをもち給ふ》
思想(しさう)菩薩(ぼさつ) 《割書:利(り)に利を積(つみ)て次第(しだい)に殖(ふえ)実(じつ)子よりも可愛(かわい)くおもふ掛(かゝ)り|子(こ)となづけたる高利(かうり)天(てん)より授(さつか)り給ふ金銀(きんぎん)大事(だいじ)の御 作(さく)なり》
十一面(じふいちめん)観是恩(くわんぜおん) 《割書:親類(しんるい)縁者(えんじや)出入(でいり)するも無心(むしん)いはれまじと十面(じうめん)顔(かほ)をなせども|その上(うへ)に一面(いちめん)かねとともにふやして十一 面(めん)を作(つく)り給ふ古主(こしゆう)の落(おち)|ぶれたるをも見(み)ぬふりをするゆゑくわんぜおんと言ておんしらず|といふ》
この貪婪(どんらん)山(ざん)強欲(がうよく)持(じ)は木食(もくじき)吝嗇(りんしょく)大和尚(だいをせう)の開基(かいき)にして年季(ねんき)奉(ほう)
公(こう)の中迚(うちとて)も地道(ぢみち)のまだるき事(こと)を悟(さとり)主恩山(しゆお[か?]んざん)を潜(ひそか)に下山(げさん)なし僅(わづか)の元手(もとで)に
山(やま)を登(のぼ)り金(かね)の蔓(つる)に取付(とりつき)て当山(たうざん)を開(ひら)き給ふ私欲(くすね)太郎(たらう)有金(ありかね)常(つね)
【注 へいき蟹=平家蟹。甲羅の背面に人面様の突起があり、瀬戸内海に多く生息することから、海に沈んだ平家の怨霊が変化したという伝説がある】