翻刻
【右丁】
に尊敬(そんけう)なし給ひ身勝手(みかつて)田(だ)欲張(よくばつ)田(た)の持領(じれう)を寄付(きふ)なし給ふ境内(けいだい)は
三角(さんかく)にして事(こと)を角(かく)恥(はじ)を角(かく)義理(きり)を角(かく)この角をはづさず身(み)に垣(かき)を
結(ゆ)ひ世間(せけん)しらずの堂塔(だうたふ)伽蘭(がらん)厳重(げんぢやう)なり
抑(そも〳〵)当山(たうざん)は算要(さんえう)道(だう)第一(だいゝち)の迷所(めいしよ)にして其地(そのち)は太(ふと)つ(◦)原(ぱら)の広(ひろ)き行(ゆき)
止(どま)りあり殺風景(さつふうけい)好(よく)。慾(よく)の海(うみ)深(ふか)く面(つら)の川(かは)厚(あつ)く流(なが)れ不理屈(ふりくつ)と
いへる巌屈(がんくつ)ありその広大(くわうだい)なる限(かぎ)りをしらず金(かね)のなる木(き)四方(しはう)に繁(しげ)
茂(り)世(よ)の中(なか)を見る事(こと)を知(し)らずこの金(かね)のなる木(き)といへるは握(にぎ)り桐(きり)の気(き)。
情無(なさけなし)の気(き)。貰(もらへ)ば貰(もら)ひ桐(きり)。返(かへ)さぬ気(き)。必多栗(ひつたくり)。気(き)むづかし木(き)。属(たぐひ)すべて
種々(さま〴〵)の気(き)生茂(おひしげ)り。慾(よく)に頂(いたゞき)を知(し)る事なし。爰(ここ)に慾(よく)の熊鷹(くまたか)といふ鳥(とり)
ありて。抓(つかみ)たる物(もの)を離(はな)さず。掛鳥(かけとり)は慈悲(じひ)情(なさけ)のなき声(こゑ)高(たか)く無体(むたい)に
【右丁枠外左下部】
道中二ヘン 十六
【左丁】
さへづり推鳥(おしどり)は向(むか)ふ水(みづ)に飛(とび)歩行(あり)く抓(つかみ)鳥(どり)は濡手(ぬれて)で粟(あわ)を喰(くら)
ふことを悦(よろこ)び取鷹(とつたか)見鷹(みたか)といふ鳥(とり)多(おほ)し是(これ)より不人情(ふにんじやう)武佐(むさ)
堀(ぼり)溜(ため)高の城跡(しろあと)取(とつ)た切通(きりどほ)し義理(ぎり)不知(しらず)見不知 我意(がい)の
嶽(たけ)に闇雲(やみくも)絶(たえ)ず掩(おほ)ひ無理(むり)非道(ひだう)を行(ゆけ)ば荒添(あらそひ)の石(いし)《割書:遺志(ゐし)|なり》
横瀬(よこせ)戻瀬(もどせ)返瀬(かへせ)の柵(しがら)み慾(よく)の川(かは)に在(あ)り爰(こゝ)に従来(もとより)其筈(そのはづ)の
弁転(べんてん)を安(あん)置す分(ふん)厘(りん)毛(もう)弗(ほつ)【注】の小判(こばん)の端(はし)を渡(わた)り守銭奴(しゆせんぬ)有(う)
財(ざい)の餓鬼(がき)堂(だう)あり儒家(しゆか)で守銭奴(しゆせんぬ)仏家(ぶつか)にて有財(うざいの)餓鬼(がき)と
いふは倶(とも)に金(かね)の番人(ばんにん)なり一名(いちみやう)慳貪卑悋(しわんぼう)といふ貪婪(どんらん)山(さん)の奥(おく)
の院(ゐん)是なり文盲(もんまう)愚昧(ぐまい)のものは是(これ)を倹約(けんやく)の末法(まつほふ)と心得(こゝろえ)吝(をし)
嗇(み)欲(ほし)がりて金(かね)を溜(ため)るを富貴(ふうき)分限(ぶげん)と思(おも)ふは大(おほ)いなる誤(あやまり)なり
【注 分・厘・毛・弗=いずれも貨幣の単位】