東京学芸大学「学びと遊びの歴史」を翻刻!

コレクション: コレクション 2

小児必用養育草 - 翻刻

小児必用養育草 - ページ 22

ページ: 22

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【右頁】 人の懐(ふところ)に抱(いだ)くべし扨 一族(いちぞく)の中にても又は隣家(りんか)にても 家人にても子を多く産(うみ)て子孫(しそん)盤昌(はんじやう)したる女中の 乳(ち)のあるをえらび其 懐(くわい)中に抱(いた)かしめて乳をのませ そむべしこれを乳(ち)付きの人といふなり是 本邦の風 俗なり ◯日本紀(にほんき)を按(あん)ずるに他姫婦(あだしをみな)を用(もちひ)て乳を以 皇子(みこ)を養(ひたし) まつるこれ世中に乳母(ちをも)をとりて児(ちご)を養(ひたす)の縁(ことのもと)なりと 見えたり《割書:啓益|》按するに他姫婦(あたしをみな)とは玉依姫(たまよりひめ)をさして申奉る 皇子(みこ)とは鵜羽葺不合尊(うのはふきあわせずのみこと)の御事すなはち海神(うみのかみ)の御 女(むすめ) 豐玉姫(とよたまひめ)の産(むま)せ給う所なり其時 豐玉姫(とよたまひめ)の御 妹(いもうと)玉依姫 姊(あね)の君(きみ)に替(かは)りて皇子(みこ)に乳(ち)を養(ひた)し給ふ此故に世中に 【左頁】 乳母(ちをも)をめのとゝいふ事の因縁(ゐんゑん)なりめのとゝは母の弟といふ 義(ぎ)也然れは遠(とを)き神代(かみよ)より乳付(ちつけ)の人を用ひたる事にし てわが國(くに)の旧(ふる)き風俗なるにや ◯東鑑(あづまかゝみ)に武衞(ぶゑい)《割書:源頼朝(みなもとのよりとも)卿|をいふなり》御 誕生(たんじやう)の初(はしめ)御 乳付(ちつけ)の青女(あをおんな)をめさる 摩(ま)〻(ゝ)と号(がう)すと見えたり《割書:啓益|》按ずるに今時も乳母(めのと)を摩 々といふ都(みやこ)にてはいはず関東(くわんとう)又は築紫(つくし)の方にてはいふ 事なり頼朝卿(よりともきやう)の摩(ま)〻(ゝ)より云始たるにや摩(ま)はなづる と訓(くん)ずれは其児子をなでさすりて育(そだつ)るを以 摩(ま)〻(ゝ)と いふにや又小児の食(しよく)を都鄙(とひ)共にまゝといふ乳は小児の 食なればまゝといふなるべし   ㊇生れ子に乳(ち)を飲(のま)しむるの説