← 前のページ
ページ 22 / 169
次のページ →
翻刻
【右頁】
人の懐(ふところ)に抱(いだ)くべし扨 一族(いちぞく)の中にても又は隣家(りんか)にても
家人にても子を多く産(うみ)て子孫(しそん)盤昌(はんじやう)したる女中の
乳(ち)のあるをえらび其 懐(くわい)中に抱(いた)かしめて乳をのませ
そむべしこれを乳(ち)付きの人といふなり是 本邦の風
俗なり
◯日本紀(にほんき)を按(あん)ずるに他姫婦(あだしをみな)を用(もちひ)て乳を以 皇子(みこ)を養(ひたし)
まつるこれ世中に乳母(ちをも)をとりて児(ちご)を養(ひたす)の縁(ことのもと)なりと
見えたり《割書:啓益|》按するに他姫婦(あたしをみな)とは玉依姫(たまよりひめ)をさして申奉る
皇子(みこ)とは鵜羽葺不合尊(うのはふきあわせずのみこと)の御事すなはち海神(うみのかみ)の御 女(むすめ)
豐玉姫(とよたまひめ)の産(むま)せ給う所なり其時 豐玉姫(とよたまひめ)の御 妹(いもうと)玉依姫
姊(あね)の君(きみ)に替(かは)りて皇子(みこ)に乳(ち)を養(ひた)し給ふ此故に世中に
【左頁】
乳母(ちをも)をめのとゝいふ事の因縁(ゐんゑん)なりめのとゝは母の弟といふ
義(ぎ)也然れは遠(とを)き神代(かみよ)より乳付(ちつけ)の人を用ひたる事にし
てわが國(くに)の旧(ふる)き風俗なるにや
◯東鑑(あづまかゝみ)に武衞(ぶゑい)《割書:源頼朝(みなもとのよりとも)卿|をいふなり》御 誕生(たんじやう)の初(はしめ)御 乳付(ちつけ)の青女(あをおんな)をめさる
摩(ま)〻(ゝ)と号(がう)すと見えたり《割書:啓益|》按ずるに今時も乳母(めのと)を摩
々といふ都(みやこ)にてはいはず関東(くわんとう)又は築紫(つくし)の方にてはいふ
事なり頼朝卿(よりともきやう)の摩(ま)〻(ゝ)より云始たるにや摩(ま)はなづる
と訓(くん)ずれは其児子をなでさすりて育(そだつ)るを以 摩(ま)〻(ゝ)と
いふにや又小児の食(しよく)を都鄙(とひ)共にまゝといふ乳は小児の
食なればまゝといふなるべし
㊇生れ子に乳(ち)を飲(のま)しむるの説