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翻刻
【右丁】
防風(ばうふう) 羌活(きやうくわつ) 牛膝(ごしつ) 附子(ぶし) 《割書:各半|分》 甘草(かんざう) 《割書:少(すこし)許》
右 剤(ざい)として生姜(しやうが)棗(なつめ)を加(くは)へて煎(せん)じ服(ふく)すべし鶴膝(くわくしつ)
風(ふう)に此方を用る事は世医(せい)のつねにしる所なり此方
にても愈(いへ)ざれは脹介賓(ちやうかいひん)の右帰丸(うきぐわん)左帰丸(さきぐわん)などいふ丸薬
などを用ひそれにても効(しるし)なければ廃人(すゝろびと)となれ共すべき
わざなしとて治(ち)をやむる類(たくひ)ありあはれむへき事なり
《割書:啓益》さきに豊前(ぶぜん)に仕(つかへ)し比 豊後国(ぶんごのくに)日田(ひた)といふ所に手(て)
嶋(しま)何某(なにかし)とて富家(ふうか)あり此 児(に)十 歳(さい)の時に痢病(りびやう)を患(うれ)ひ
愈(いへ)て後 脚(はぎ)膝(ひざ)弱(よは)くこけやすき事有けるを一年ほど
も打 捨(すて)置ければひたすら行歩(ぎやうふ)成がたくして漸々(ぜん〳〵)に
足(あし)細くなりて鶴膝(くわくしつ)にいたる豊前(ぶぜん)豊後(ふんご)筑前(ちくぜん)肥前(ひぜん)の
【左丁】
諸医(しよい)に治療(ちりやう)を頼み薬方(やくはう)を乞(こひ)けり多くはみな大防風湯(たいばうふうたう)
を主方(しゆはう)とすそれにても愈(いゆ)る事なきによりて京都へ
上り難波(なには)に至りて世に鳴(なり)わたる名医(めいい)たちに治(ぢ)をもと
めて半年ほども治しけれどそのしるしなし薬方を
請(こひ)もとむれは多くは大防風湯(たいはうふうたう)六味八味の地黄丸(ぢわうぐわん)脹介(ちやうかい)
賓(ひん)の右帰丸(うきぐわん)左帰丸(さきぐわん)の外 更(さら)に主方(しゆはう)をあたふる医(い)な
し豊後(ぶんご)に帰(かへ)りて其薬方を修合(しゆかう)して用といへども
漸々(ぜん〳〵)に足(あし)弱(よは)く行歩成がたくあまつさへ小便(せうべん)不禁(ふきん)の
症(しやう)をそへたりその比《割書:予》が邦君(ほうくん)東武(とうぶ)に近仕(きんし)し給ふ
比にして四年あまり東武に居(ゐ)給(たま)日(ひ)て豊前(ふぜん)に帰り給
わず《割書:予》もまた東武に在りけり元禄(けんろく)癸酉(みづのとのとり)の年たま〳〵