翻刻
【右ページ上段】
信電話線切断四ケ所、同報知柱一本、煙突(えんとつ)一ケ所、道路破壊二
ケ所、墻塀二百ニ十五ケ所、樹木倒折(じゆもくたうせつ)百六本、坂道窪(さかみちくぼ)み三ケ
所。
〇小石川区
●戸崎町百九番地東京時計株式会社の煙突一本。町田製薬会
社の煙突(えんとつ)二本、氷川下町東京製帽株式会社の煙突一本。又倉田石
鹸製造所の家屋一棟全潰し。大塚窪町七十四番地江川鉄工場の
家屋二棟全潰せり。しかれとも人畜には死傷なかりき。此外墻
塀の倒れしもの百十六ケ所、樹木の倒れしもの二百六十一本、電
話柱の倒(たふ)れしもの十七本、非常報知機柱の倒れしもの二本あ
り。
●馬丁狂人を水中に救ふ 新諏訪町二番地米商飯塚喜三郎は
暴風雨の為めに逆上し。突然家を出でたりしが。隆慶橋より水
中に吹落されしを。久我侯爵の馬丁森友一郎が之を救ひしが。
幸に負傷せさりしとぞ。
〇本郷区
●帝国大学表門の破壊 帝国大学の表門は破壊され門内の樹
木中程より折れたるもの一本、脚気病室前の樹木二本倒る。
●家屋飛で車を破潰す 白山町某の亜鉛葺屋根猛風に吹揚
けられ。四五|間程先(けんほどさ)きへ飛(と)ひ。荷車(にくるま)の上に落ちたる為め。一台
の荷車は全く破壊されたり。
●神木中断せらる。 元町二丁目四十七番地々先きに在る銀杏
の大樹は。古来神木と称へて敬ひ居たるものなるが。是れも亦
中程より吹折(ふきお)れたり。
●家屋の破潰 根津清水町五番地笹子せん所有の家屋一棟
と。向岡彌生町三番地製餡会社の物置全潰し。三組町廿八番地
川村金蔵所有の物置は半潰れとなれり。
【右ページ下段】
●石垣潰る 三組町五十八番地々先きに在る。二十間許りの
石垣亦潰れぬ。
●其他|破損家屋(はそんかおく)百三戸。墻塀(しやうへい)の破損二百六十ケ所顛倒電柱二本
倒折樹木(たうせつじゆもく)二百四十本、破壊門戸十四ケ所等にして。倒折樹木の
多(おほ)き場所(ばしよ)は。お茶の水橋近傍及(みづばしきんぼうおよ)び大学構内等なりし。
〇下谷区
●上野公園の狼藉 区内の重なる被害箇所は。上野公園なる
べし。同所(どうしよ)は入口(いりぐち)の西手の堤にありし樫の大木の倒れたるを始
めとして。石階を昇れは、秋色桜の西三間許り離れたる処に。凡
そ四抱へもあるべき二股の大銀杏樹一本。地上一間ばかりの股
際より裂け倒れ。梁川楼前藤の茶屋の藤棚清水堂東北隅の屋根
瓦を三四十枚吹落したり。 (挿画参看)
●摺鉢山の辺り美術協会上野パノラマ館など内部は知らず。
外面(ぐわいめん)だけは無事(むじ)に見えたれど、東照宮脇の鐘楼跡より動物園(どうぶつゑん)に
至るの道には高さ十|数間(すうけん)の老杉を首め。樫の大樹樅の古木打変
ぜて凡そ三十余本。いやが上に算を乱して折れ重なりたれは。
一時は通行(つうこう)も困難(こんなん)なりし。動物園、美術学校、博物館等は差し
たる被害(ひがい)なく。博物館(はくぶつくわん)西手の茂林中には。六十有余本の倒木あ
りてこれが為め陳列館附属の事務所一棟屋根を破壊せられたれ
ど人畜の死傷はなかりき。
又帝国図書館に於ては。暴風(ばうふう)に特別室(とくべつしつ)の玻璃戸を破られ。雨は
室内(しつない)へ吹(ふ)き込(こ)みて。閲覧人は書籍を霑ほし。一時狼狽したるが
出納係浅見、文屋の二氏は、使丁を指図して。戸板を以て破口
を塞ぎ。纔かに雨水の奔注を防ぎたり。又同構内美術学校に接
近したる境の老樹挫折し。芝塘を破壊して。道路(どうろ)へ倒れ居たる
を見たり。
●区内の損害 は全潰家屋(ぜんくわいかおく)二戸、又空家(またあきや)の全潰は十一戸、半潰
【左ページ上段】
家屋三戸、破損家屋百三十戸、(内空家六戸)倒折樹木二百二十
六|本(ほん)、墻塀破損(しやうへいはそん)五十七ケ所煙突の顛倒せしもの六本、其他屋上
看板標燈等の破損は。挙げて数ふべからず。
〇浅草区
●本区にては 家屋の全潰三戸、同破損十七戸、同半潰二十七
戸、物置全潰一ケ所、半潰物置六ケ所、家根全部の大破八十五ケ
所、同小破八百五十五ケ所、墻塀破壊(しやうへいはくわい)五十三ケ所、樹木倒(じゆもくたほれ)二百
余本なり。
●吉原遊郭内 家屋破損(かおくはそん)十七戸、納屋(なや)二ケ所、揚屋町及び駆
黴院の門扉破損し、品川楼建築中(しながはらうけんちくちう)の土蔵(どうぞう)は半潰(はんくわい)せり。
●劇場 浅草座は。其周囲の煉瓦大に破損し。殊に八間許り
の所は殆ど全く崩壊したり。
〇本所区
●区内の被害を挙れば 家屋全潰九戸、同不住六戸、同破損
百二十四戸、墻塀倒壊(しやうへいたふくわい)三百六十一ケ所、煙突顛倒(えんとつてんとう)二十七ケ所、
橋梁|破損(はそん)二ケ所、樹木倒れ八十三本、電柱破損三十六本、人力車
顛覆六台、又|伝馬船(てんまぶね)一|艘(さう)両国橋下にて沈没(ちんぼつ)せり。其の他重なる破
損は寿座の屋根二十余間|吹飛(ふきとば)され。中の郷八軒町なる日本製壜(にほんせいびん)
会社(くわいしや)にては烟筒七本破壊す (此の損害三千円)両国二州楼の大
屋根及び楼上の西洋台も亦大に破損せり。
●負傷者 横川町百五十七番地|染物工場(そめものこうば)一棟全潰し。主人山
本松太郎及び雇人岡本平吉両人共重傷を蒙りたり。
〇深川区
●家屋の破損及び工場の壊倒 佐賀町二丁目二番地山本喜助
所有の二階建家は。屋根を剥かれ。其の飛びたる瓦及び板等の
為めに永代橋筋の電話線切断せり。又中島町古市場十五番地河
竹富五郎所有の海苔製造所并萬年町一丁目一番地鈴木友次
【左ページ下段】
郎所有の土蔵破損(どぞうはそん)し。清住町浅野セメント工場一棟は壊倒せ
り。
●暴風雨中の出火 暴風雨の激しき際。仲町廿ニ番地の湯屋
より出火せしかば。一時は大騒ぎをなし。婦人小児(おんなこども)の泣(なき)き叫ぶ
ものさへありて。非常の混雑(こんざつ)を極めたりしが。軈て消した留め
るは不幸中の幸なりき。又黒江町十三番地湯屋山田友七方
烟突よりも出火(しゆつくわ)し、既(すで)に大事(だいじ)に至らんとするを消止(けしと)めたり。
●転落(てんらく)して死す 本村町百九番地の鳶人足山仁倉蔵 (四十七)
は暴風雨(ぼうふうゝ)の最中小名木川鈴木セメント会社の家根に上り。破損(はそん)
の箇所を取繕(とりつくろ)ひ居たるに愈々嗷り狂ふ暴風に吹飛されて逆まに
地上に落ち、頭蓋骨(とうがいこつ)を痛く打しを。実兄なる本所区柳原町三丁
目十九番地山仁萬吉が引取りて。治療を加へしも終に死亡せ
り。
●負傷者 石島町三百重七番地橋本正雄妻チヘ (二十四)及黒
江町廿六番地篠田宗七 (四十五)の二名は負傷せり。
●洲崎遊廓内の 井筒楼、梅川楼、病院等|破壊(はくわい)し。新築中(しんちくちう)の家屋
一棟全潰樹木の吹折ニ十本なりし。
●其の他の被害は 墻塀の破壊(はくわい)八十六ケ所、烟突(えんとつ)の倒れ八ケ
所家屋全潰六戸、 (内不住三戸、)半潰二戸、同破損二百三十戸、
倒折樹木(たうせつじゆもく)百廿五本、沈没船(ちんぼつせん)二|艘(そう)同破損一艘、電話線の切断二十
一ケ所、報知機一其他福永橋の勾欄を吹倒し。築造中の高橋北
詰地盤を落し。富川町精米工場百坪余、東元町十四番地石炭納
屋全潰せり。
〇市内の水害
暴風雨(ばうふうう)の当日。市内の浸水(しんすゐ)せる箇所甚た多く。其の害に遇ひし
戸数万余に及へり。今其の大略を左に記述す。
●麹町区 平河町五丁目、隼(はやふさ)町、紀尾井町、元園町、飯田町通り