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【左ページ上段】
其帰途八時半頃公園淡島の池に落入りて溺死せり。
●深川区 浸水床上に達したるは合計五百三十二戸。内重な
るを挙くれは。西元町百九戸、西平井町百九戸、木場町二百戸
又床下浸水合計四千九百六十八戸内重なるは。
東森下町四百三十四戸、西六間堀町百八十六戸、西平井町百三
十五戸、富川町三百〇四戸、古石場町百七十九戸、御船蔵前二
百九戸、亀住町百四十三戸、黒江町百三十六戸、東大工町五百
八十六戸、霊岸町二百〇五戸、常盤町百六十六戸、中島町百〇
六戸、
同日永代橋付近なる佐賀町、諸町、熊井町、小松町辺は折しも出
汐なりしかば。溝水|溢(あふ)れて河水(かすゐ)と合し。人家は押流(おしなが)されんとす
る光景(ありさま)にて。殊に小松町の往来(わうらい)は。胸先を没する程の出水なり
し。深川公園は不動堂側の池及び入口の堀等より出水して。門
前の茶屋は床下五寸位浸水せり。
〇達摩船新大橋に引懸る
八日午前六時半頃隅田川上流より新大橋指して漕下れる一艘の
達摩船(だるません) (約廿五噸)あり搭載せる煉瓦(れんぐわ)に船脚重(せんきやくおも)く殊に前日来の増
|水(すゐ)にて水勢非常(すいせいひじやう)なりし為め新大橋側に達(たつ)せし際(さい)は全く進退の度を
失(うしな)ひ。見る〳〵同橋の西口より五間目の橋杭(はしぐひ)に。横様(よこざま)に押付(おしつ)
けられ。船体傾斜して濁流に浸されたり。此船に乗込み居たる
は。親子都合五人なりしが。船体(せんたい)の救ふべからざるを認るや。
夫婦先づ橋杭(はしぐひ)を伝(つた)ふて橋に上(のぼ)り。上より綱(つな)を下(さ)げて三人の子共
を引上け。其まゝ姿を隠したれは。何人の所有船なるやは知る
のよしなかりしも。兎に角八時頃に至りて。船体全く顛覆(てんぷく)し浪
のまに〳〵|橋梁(けうりやう)に抗(かう)するにぞ捨置く時は。橋にさへ危害(きがい)を与(あた)ふ
るの有様となりしより。深川区第六消防分署よりは。署長以下
消防夫数名現場に駈付け。小蒸汽船隅田川丸第十三号を徴発し
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て。船(ふね)の中腹に穴を穿(うが)ち。大綱(おうつな)を結付(むすびつ)けて引たるに忽ち切断し
て物の用に立たざるを以て。尚ほ消防夫(せうばうふ)を増(まし)て。同橋西口の陸
上広場に神楽座を据付け。汽船に力を添て引放しに尽力せしも。
是れ亦更に其|効(かう)を奏せさりしかは。余義(よぎ)なく右の趣きを警視庁
及び水上署に打電し。応援を求めしかば。警視庁よりは。松井
第二部長其他数名の出張あり。水上署よりは。汽船明快丸に戸
枝警部を乗込ませ。尚ほ大川丸第八号をも徴発して汽船三艘よ
り各一条の麻綱を出し。陸上には二台の神楽座を増し。都合五
条の大綱(おほづな)にて引放(ひきはな)したれど。初の内は些の効験(きゝめ)なく。明快丸の
如きは三度まで其曳綱を断ちたる程なりしが。漸(やうや)く午後四時頃
に至(いた)り。船体(せんたい)の全部斜(ぜんぶなゝめ)に下流に向ひ。僅に其一部の橋杭に懸れ
るのみとなりたれば。今度は神楽座其他曳船を下流に運び。反
対の方面なる日本橋区中洲の方に引きたるに。同六時半頃船体
遂に橋梁を離れたるよし。時事新報に見ゆ。
〇市内電燈の障碍
今回の暴風雨は。市内電燈にも大故障を及ぼし。麹町発電所管
内の如きは。全部点燈(ぜんぶてんとう)する能はず (宮城は故障なかりき)。又京
橋発電所にては。鍛冶橋方面の一部に於て電話線切断(でんわせんせつだん)し。電燈
線に纏綿(てんめん)したる為め。送電(そうでん)する能はず。僅かに新橋方面のみ午
後六時三十分頃に至りて始めて送電するを得たり。されば電燈
を使用する家々は。何れも遽(には)かに洋燈を取出し。油(あぶら)を買ひ掃除
をする等の手数を労せり。又当時興行中なる歌舞伎座の見物人
は。一時暗黒の裡に在りしかは。中々の騒(さは)ぎなりしといふ。品
川電燈会社にても。電線に故障を生じたる為め。或一部の点燈
を中止し。余は午後八時に及びて。始(はじ)めて点火(てんくわ)したる程なりし
が。八日は朝来復旧工事に取掛り。同夜の燈火には差支へなか
りし。又東京電燈会社に属するアークライトは。暴風雨の後全