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【左ページ上段】
三十五名に相当手当を施したる後。日本鉄道会社嘱託医神野勇
三郎氏に引渡し。一隊は翌八日午前十一時。一部は跡始末をな
し同日午後七時引揚けたり。其の人員を挙れば左の如し。
準備看護婦編制委員長 (県立宇都宮病院長)
栗本庸勝
同 教員 (同副院長) 井上槌蔵
同 教員 (同医員) 山方喜太郎
同 教員 (同医員) 長野栄三
同 教員 (同医員) 大久保守夫
(同雇) 長島吉十郎
準備看護婦 六名
栃木支部主事 江夏喜蔵
同 書記 小林久太
準備看護婦取締助手 黒川善七
外看護婦一名、同生徒五名、小使二名
●県立宇都宮病院
栃木県立宇都宮病院は。市内江野町に在りて。明治五年の創立
なり。現在院長は。医学士栗本庸勝氏、副院長は。同井上槌蔵氏に
して。規模宏大(きぼこうだい)なり。七日箒川に於て列車顚墜(れつしやてんつゐ)の凶報達するや。
直に赤十字社栃木支部看護婦を召集し。院長医員を率ひ現場に
出張し。神野病院長と共に傷者を救護し応急手当を施して一時
引揚たるが。神野病院既に満員を告げたるを以て内三名の負傷
者を預り之を治療せり。(其一名は。負傷者にして。右足を挫折(ざせつ)
し。両手其他に負傷多し。医員(いゐん)の談に拠れば。経過良好(けいくわりようかう)なるを
以て数十日を出でずして。全癒(ぜんゆ)するに至るべしと。傷者は室井
ハツといひ。下野国那須郡那須野村の者なりと。病室(びようしつ)には二名の
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看護婦親族と共に看護(くわんご)しつゝあり。(挿画を参照すべし)同院の
現況を挙れば医員十三名。幹事、書記、雇、事務員、五名。薬
局七名。看護婦七名。同生徒九名等にして。病室総計四十室を
有せり。
因に記す。同院は。院長外科主任として。内科、眼科、産科、
婦人科、耳鼻咽喉科に区分し。尚ほ細菌学専門の医員を聘し。
院内に其実験室を設備せり。
●神野病院 (挿画参看)
神野病院は。宇都宮市池上町に在り。明治二十九年四月の創立
にして。院長医学士神野勇三郎氏は。日本鉄道会社の嘱託医(しよくたくい)た
り。今回箒川に於て列車顚落(れつしやてんらく)の報あるや院長は。直に部下の医(い)
員(ゐん)を率ひ現場に臨(のぞ)みて死傷者の検案(けんあん)をなし。収容(しうよう)したる負傷者
二十九名を入院せしめて治療(じれう)に看護(くわんご)に寝食(しんしよく)を忘れて日夜 尽力(じんりよく)し
たり。又院長は十一日 遭難者(そうなんしや)一同並に医員看護婦等を蒐集して
記念の為め撮影(さつえい)をなしたり。同院の病室は総計一百八室あり
て。現在職員の姓名を挙れば左の如し。
院 長 神野勇三郎
医 員 加登信太郎 同 島田富蔵
同 清宮徳太郎 同 伊藤孫次郎
医局助手 川俣鉄哉
庶務員 海野邦三郎 同 高須釘次郎
同 勝木信立
会 計 可児行貞
調剤員 北城音五郎 同 猪瀬三千雄
同 篠崎喜志知 同 吉川深美