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【左ページ上段】
か聞(きこ)えて。其次ぎに一概に汽車を持つて行(い)かれるやうな心持(こゝろもち)で
あつて。始めて自分の乗(の)つた箱(はこ)が堕(お)ちたなといふことが分つた
と同時に。前(まへ)へのめつて何かで打つたと見へて頭部に瘤か出来
鼻血(はなぢ)が出たのが後で分りました。急にドーンと私の上へ転(ころ)がつ
て来ましたから。是と私の乗つて居つた。ブレキバンには十三
名居つたと思ふ人間(にんげん)が。僅(わづ)かに五六名の人がゐるだけで其他(あと)は
影(かげ)も形ちも分らなくなつて仕舞つた汽車の形も判然しないやう
になつた。幸ひに曩に開いて置いた窓が丁度出口になつて其処
から附近(あたり)を見廻(みまは)したところが。前に墜落した客車の屋根(やね)が私共
の乗(の)つて居る箱の前に潰(つぶ)れて。恰かも河の上に橋梁のやうに架
つてゐるので。其の屋根をつたはつて河中の寄洲に飛ひ出した
のです。夫(それ)は我々存命の六名で厶(ござ)います。爾(そう)すると前の客車(はこ)か
ら出たのが埼玉県の巡査といふ人と生存保険会社の社員。此人
は私も保護して遣(や)りました遠藤一夫といふ人で辛(から)ふじて怪我(けが)を
してもぐり出した。それに今一人後で聞いて分つたてすが。太
田原町の若林さんの妻君が連れてきた児守(こもり)だといふ。十四五歳
の男の子(こ)。それが怪我(けが)をしまして泣き〳〵|寄洲(よせす)に上(あ)がつて来(き)ま
した。全く生命を保(たも)つて人の形(かたち)をした者がそれだけでした。そ
れから一同(みんな)が寄洲の中で狼狽(らうばい)しながら。其処此処(そここゝ)を眺(なが)めて居つ
たのですが。如何にも暴風で真暗(まつくら)で夫(それ)こそ暗澹(あんたん)としてサツパリ
四周(あたり)が分らぬのです。で激風劇雨に触れて。一同が寄洲の中の
巌石にかぢり附いて互ひに抱(かゝ)ひ合(あ)つて居りました。すると濁浪
は倍々(ます〳〵)加はつて来さうで。どうも心細くて耐(たま)らんです。其内に
幸ひに雨は歇(や)むで。少(すこ)しく世間(せけん)も見えるやうになつたから附近(あたり)
を見乍(みなが)ら顛落した客車の方に近(ちか)ついて見たです。
爾(そう)すると。曩(さき)に前部の客車から匍匐出(はひだ)した巡査であらうと思
ふ。其人が。今|彼処(あすこ)に婦人が死に相(そう)になつて居るから。助(たす)けて
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遣(や)れといふ声が掛つたです。其時は五六名の人でした。私に巡
査と車掌 (石井常蔵氏)と洋服を着けた学生 (島貫安五郎氏)と私
の連れて行つた土井、古泉の両書生と今市町の高柳清吉といふ
人で。僅かの人で其の場所(ばしよ)に行(い)つて婦人の潰(つ)ぶされてゐる客車
の屋根を全力(ぜんりよく)を尽して擡(もた)げて。辛ふじて乳児を抱いた若林さん
の妻君(さいくん)を引出(ひきだ)して生命を全ふすることが出来(でき)た。それから跡の
二人を引張り出しましたが。其中の一人 (郡司兵之助ならむ)は
死んて居りました。又一人は気絶して居つたのでせう。引張り
出してから息(いき)を吹出(ふきだ)して四周(あたり)を見てゐたが精神|朦朧(まうろう)として。腰(こし)
が抜(ぬけ)てゐるから。死人の上に折重(をりかさ)なつて。キヨト〳〵してゐるや
うな風(ふう)が見えましたが。何しろ手の附けやうがないので自分等
は外の事で其処此処(そちこち)を歩いて居りました。それから前面を見る
と丁度茄子でも流したかと思ふやうに。ドツ〳〵と人間の頭が
浮(うき)つ沈(しづ)みつ流れる者が数(す)十名もありました。それに今の婦人を
助けやうとして屋根(やね)を擡(もた)げた時に。屍體(しがい)が五六名見えたです。何
しろ死(し)んで居つたから。手の附けやうもなし。而(そ)して家根(やね)が非
常に重(おも)くて。平生では迚(とて)も五名や六名の力(ちから)では擡げられるもの
ではない。直ぐに生きてゐる者だけ引出して。其侭手を放したか
ら分りませんでした。爾(そう)して暫(しば)らく各々自分の身が大切である
から。強雨に触(ふ)れて折節如何(をりふしどう)いふ風(ふう)にして助(たす)かつたら可(よ)からう
といふ考(かんが)へ許りしてゐることが。稍一時間以上でありました。
爾して居る間(うち)に今の巡査と石井といふ車掌が其処此処(そちこち)に気を配
はつて居りましたが。何とも為る術がないです。然るに巡査殿
は。流れて行く人を助(たす)けて遣(や)る考へでありましたらう。衣類を脱(ぬ)
いで。シヤツ一枚になつて材木(ざいもく)を抱いて川の中に飛込んだやう
でした。私は。どうも非常(ひじやう)な尽力(じんりよく)をするエライものだと思つて
自分も考(かんが)へて居りましたが。私は足を傷(いた)めてゐるし又た如何す