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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - ページ 31

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【右ページ上段】 僕が想像(さうざう)では。暴風(ばうふう)と同時に最初中程の客車から落(お)ちてそれか ら。引摺(ひきず)られながら客車が前部と後部か落ちた様に思はれます。     ●埼玉県巡査加藤政行懊悩中の直話 私は埼玉県入間郡阪戸警察分署詰巡査を奉職(ほうしよく)して居る者で。這(この) 回国元(たびくにもと)の………宮城県名取郡秋穂村百三十三番地。養父は加藤 東秀 (六十五)と申します。病気の報知がありましたから。看護 の為に帰省致たのでム【読みはござ】います。私は後から二番目の汽車に乗つ て居りました。客車が顚覆(てんぷく)した後も。私は正気でゐましたが。下 の方で悲鳴(ひめい)をあげて。助けて呉れ〳〵といふ者がありましたか ら。一 生懸命(しようけんめい)になつて。慥に六七名も助けて。寄洲(よせす)へ出しまし た。それから水中に溺れる人もありますし。誰れもこの急報を する者がありませんから。私(わたくし)はシヤツ一枚と湯布(ゆもじ)一枚になつ て。河(かわ)へ飛び込ました。ところが水勢が強くて二十町ばかりも流(なが) されて。一度は死んで仕舞つた。其の間石へ身体(からだ)が附着(くつゝ)いて浅瀬(あさせ) の処へ掛つたときに息を吹き返した。 眼(め)を開て見ると。全然大海(まるでだいかい)の様で《ルビ:ム|ござ》いましたが。さつはり様子 が分かりませぬ。それから五六間浅い処を行つて。又た八間ばか り行つたなら助かるだらうと思つて。死ぬ覚悟(かくご)で。夢中(むちう)で。辛 うじて寄洲に挙ぢ登つて行くと。其の寄洲に助けて呉れと叫ぶ 者がありましたから。匍匐(は)つて参りました。其処には足を一本 折つた婦人がゐました。二人でお互ひに介抱(かいほう)して………草葉を むしつて背負(しよつ)たりして。息(いき)も絶(た)え〳〵なから。黎明(よあけ)まで居りまし た。 負傷せしはその以前六七人。溺(おぼ)れて死なんとする者と流れんと 欲(ほつ)する者を助(たす)けやうとしての揚句(あげく)。斯云(かくい)ふ事になつた………河へ 飛込(とびこん)んで。石に撲たれ。樹に打たれ。二十町も流され際に怪我 をしたらうと思ひます。その前に撲(う)つたり旁々(かた〳〵)したけれども。息 【右ページ下段】 を吹き返した際に。大層濁水(いそうどろみづ)と砂土を吐きました。今でも砂が 出ます。と言ひつゝ頗(すこぶ)る苦悶(くもん)に堪へざるものゝ如し。     ●遭難婦人阿部キチの直話 ハアイ東京へ商法に出掛けて此様なめに遭ひましたね。ハイ一 人で出掛けました。同伴者はありません。妾の乗つてましたの は五人しか居りません。何でもはや三ツ目か四ツ目に乗りまし たね。五人の人は名前も聞きません。皆んな血気(けつき)な男衆(おとこしう)ばかり でムいましたね。(と言つて思ひ出したる如く)尤(もつと)も一人は切符(きつぷ) も要らねヱ。仙台へ行ば要かねヱだから。後一ツ《ルビ:たがへて|````》ゐる から。夫は帰に乗るんだと。妾に見せました。他の二人は福島 へ行くんだと言ひましたか。落てからは分りはせんね。落ちる 時はハアーと思ひましたが。それから如何(どう)落ちたか分りません。 芝原へ上がつて居りました。夢(ゆめ)のやうに。其処(そこ)に石が積(つん)んであ りましたね。芝草原(しばくさはら)の上で下の黒磯の方に傾(よ)つた所だと思ひま す。少し木が生いて草がある。彼処(あすこ)へ坐つてました。それから 今度はや誠に彼処が遠ムいましたね。石高(いしだか)く積んだ処がありま したから。其処に《ルビ:とかまつて|`````》ゐると。水の威勢(いせい)は山の様になつ て来ましたから。助けて呉れ〳〵と言つて三時間も言ひました。 其処へ上がつたのが妾が一番後で先に上つた四人は。同なじ室 へ乗つた組でした。其時には傷もあつたが。痛(いた)みが大変で。は や苦(くる)しんで居(を)りました。爾(そう)したところがね。半鐘(はんしよう)を打く。向ふ から。提灯点(ちやうちんつ)けて百人ばかり来ましたども。水の威勢が強くて 行かれねから。水が減(す)ぎ塩梅になつたら助けるから。減く迄待 てと言ふ許りでね。決して助て呉れませんのさ。三時間もゐて からね。燃た木を五六本擲げて呉れましたからね。男衆が焚い て呉れました。川の前岸の人は商法人で《ルビ:ム|ござ》いましてね。商法(しやうはふ)で 来たもど助けて遣ると言つてね。犢鼻褌(ふんどし)を解いて。電信(でんしん)の針線(はりがね) 【左ページ上段】 に結(しば)て。妾が体を縛つて。鉄道の側に上げて呉れて。夫から長 い梯子(はしご)で上りましてね。向ひの百姓家まで行きましたら。蒲団 を貸して呉れたから。《ルビ:くるまつて|`````》寝てゐました。ハヌといふも のを持た人は。俺は鉄道の使へで来た者だから。怪我(けが)したから とてゐられません。お暇を戴たいと言つて行きましたらう。ハ アア落ちた時は横になつて白河 (東岸に近き方)の方へ落ちま した。何でも妾か乗組んてゐた客車が一番先きに落ちたものと 思ひます。初めは水の中へ落て流れて。草原へ上つたもんです。 眼も何にも砂(すな)だらけで。頭(あたま)も何でも砂ばつかりでありましたよ。 妾が草原で気か付ましたから。乗合の男か二人ゐましたから。 こりやマア如何した訳(わけ)だエと聞と。汽車(きしや)が破裂(はれつ)したのだ。本当 に夢の様だないかと言ひましたのさ。爾した所が風はゴー〳〵 吹いて来るから。小さい柳の木だか。何だか。二三本 芝木(しばき)の上(あが) つてね。アノ根の処に居りますから。妾も其中へ入れて貰(くん)なさ いと言(い)つて。男(おとこ)さの暖気(ほとり)でも可いと思つて。入れて貰ひました。 爾斯(さうこう)してゐた所が。誰も助けて呉れず。下は泥でドブ〳〵する んで。長く我慢も出来(でき)ませんからね。慄(ふる)いながら石の上へ上り ましたのさ。二人の男さは時計を持てたが。一人のは微塵(みじん)に砕(こわ) れてる。一人のはくるつてゐて知れねエども十時過ぎになつて ましたね。十二時過ぎまでゐたら。誰か助けて呉れるだらうと 思(おも)ふ内(うち)に砂石かあります。岸から燃木を五本ばかり擲(な)げて呉れ たのが。燃え切(き)れねえ間に。はや助けられて来ましたのさ。     ●汽車の遭難に就て ●栃木県官吏の出張  樺山栃木県書記官、田上保安課長等警 部巡査を率ひて現場に出張せり。 ●山川検事正出張  宇都宮地方裁判所山川検事正は。鈴木書 記を随へ八日 現場(げんじやう)に出張したり。 【左ページ下段】 ●検事西内氏の視察  宇都宮地方裁判所西内検事は。遭難地 視察(しさつ)として。八日午前八時五十分当市発現場に赴(おもむ)きたり。 ●田上保安課長取調  保安課長田上廉夫氏は。七日即ち遭難(さうなん) 当夜より現場(げんぢやう)へ出張。引続き滞在取調に従事したり。 ●野村技師の出張  汽車顚覆の実地取調の為め。鉄道局は。 八日西技師を派遣(はけん)せしが。九日又野村同局技師を実地取調の為 め出張せしめたり。 ●社長曽我氏の出張  日本鉄道会社長曽我祐準氏は。箒川顚 覆汽車現場視察として。九日午前五時上野発列車にて。社員三 名と共(とも)に出張し。直に神野、県立(けんりつ)南病院に治療中なる負傷者を慰(ゐ) 問(もん)し。患者(かんじや)へはビスケツト一函宛を贈り。市中に在る絹川氏其 他の負傷者へは。代理(だいり)を派(は)して厚(あつ)く慰問する所ありて。後登庁 の上溝部知事に面談(めんだん)する所あり。午後二時四十分当駅発の列車 にて。被害現場へ出張視察する所あり。引返(ひきかへ)へし最終(さいしう)の上り列 車にて帰京したりと。 ●医師清宮氏の出張  神野病院医師清宮徳太郎氏外一名は。 十日午前八時現場へ出張せり。 ●久保運輸課長の出張  九日午後八時宇都宮発 最終(さいしふ)上り列車 にて帰京したる久保 運輸課長(うんゆくわちやう)は。十日午前九時の下り列車にて。 杉山仙台駅務係主事と共に。再び出張し専ら調査(てうさ)事務に従事せ り。 ●西村参事官の出張  本県参事官西村陸奥夫氏は。七日現場 視察として出張し。翌八日午後九時帰庁したり。 ●稲葉衛生課長の出張  稲葉衛生課長も亦同日 墜落現場取調(つゐらくげんじようとりしらべ) の為め出張したり。 ●佐藤医学博士還る  順天堂病院長医学博士佐藤進氏は。顚