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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - ページ 38

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【左ページ上段】 町許海岸に接したる処には。東より西に亘りて一帯の丘陵の。 其間(そのあいだ)に沼川を挟みて走れるあり。今回(こんくわい)の海嘯(かいせう)は。此沼川の吐口 を中心として。左右の丘陵 (海面上約五十尺)の上に生ふる。 高さ二丈にも近かるべき。松林(まつはやし)を。打越(うちこし)して。前記の低地に注 ぎ込みしものゝ如く。吐口また塞がれて。斯かる惨状を招きし ならむと。     ●鈴川町 鈴川町は海岸を距る五町余。其間に小丘起伏し。又松林等の波 濤を遮(さへぎ)るにも拘はらず。怒濤(どとう)山の如くに来襲(らいしう)して。鉄道の築堤 を越へ。尚ほ山手の方一里余の地。吉原駅まで侵入するに至れ り。而して浸水区域(しんすゐくゐき)の中心は。実に鈴川町なれは。其被害は。 容易(ようゐ)ならざるなり。停車場 被害(ひがい)の状況は別項(べつかう)に記せり。其傍な る国道に建て連ねたる数十の人家は。悉く軒下(のきした)二尺位の処まて 浸水したるを以て。家人は悉く家を捨てゝ。前面なる小高き松 林の中に避難せり。     ●鈴川停車場 四囲水を以て塞(ふさ)がれたる鈴川停車場は。プラツドホームに打ち 寄する波の音の外。汽笛(きてき)も人声(じんせい)も殆んど無く。駅員(えきゐん)等は其後な る砂山に遁れ。シート(貨物車の被蓋)を以て。松林の間にテン トを張り。其 難(なん)を避(さ)けたり。停車場の倉庫(さうこ)は水浸となりたれど も。貨物(くわぶつ)の流失(りうしつ)せしものなかりしは幸なりき。こゝに気の毒な るは。停車場の附近にありたる各運送問屋にして。何れも浸水 の難を被らざるはなく。又同地は。富士製紙会社に通ずる要衝 にして。製紙の原料(げんれう)たる三椏(みつまた)等は。各運送問屋に山積(やまづみ)せしかは 此等は多く怒濤(どとう)の為めに洗(あら)ひ去られしなるべく。其他の貨物は。 大抵倉入の侭水に浸したれば。流失の難は免れしならむとい へり。 【左ページ下段】     ●鉄道線路の被害 東海道鉄道線路の。為めに浸水せるもの。鈴川駅を中に挟みて 東は新橋停車場より第九十五哩 (此処に従来の堤防を利用して。 水流を喰止(くひと)めあり)と西は同く第九十六哩 (此処は沼川鉄橋の 東方上り坂にて。線路(せんろ)は四十分一の勾配(こうばい)をなせり)の両地点間 にして。沼川鉄橋より西半哩許の間。バラストは半分通り洗ひ 去られ。鉄軌は枕木(まくらぎ)を背負(せを)ひしまゝ。跳(は)ね飛ばされて。恰かも 梯子(はしご)を横投(よこな)げに為したる如き有様(ありさま)となり。汽車は勿論通過する を得ざりし。     ●砂山の別荘 砂山は鈴川停車場よりも。浜辺に近き処にあり。田子浦の勝景 を一 眸(ぼう)の中に蒐(あつ)め。緑滴(みどりした)たる老松の間に紳士豪商(しんしごうしやう)の建られたる 三十有余の別荘(ぶつさう)も。一旦 海嘯(かいしやう)の猛撃(もうげき)に遭ふや。微塵(みぢん)に粉韲して 影も形も残らばこそ。一個の木片一株の庭樹だにも洗ひ去られ て。浜辺なる松並木の一と連(つら)に将棋倒(しやうぎだほ)しに横はれるの外。満目 荒涼さながらに。潮の引きたる遠浅(とほあさ)のごとく。到底(とうてい)此処に人家 ありしとは思はれもせず。流失の別荘中重なるものは左の如し。  東京吉原中米楼別荘、市川猿之助別荘、京橋区小山某別荘、  旅館大升事市川升蔵別荘、田村成義別荘、芝鳥森湖月楼別荘、  遠藤某別荘。梅やしき。 元来砂山に生へる松樹は。十五六間も高く聳(そび)えたるに、怒濤(どとう)は 此の松樹の高さよりも。遥かに八九尺の上を掩(おほ)ひて襲来(しうらい)せりと 以て今回の海嘯(かいしう)が。如何ばかり猛威(もうい)を逞ふせしかを。想像(さうぞう)せら るべし。     ●被害地の調査 今回の海嘯は。田子浦を中心(ちうしん)とし。沿海地方(えんかいちはう)何(いづ)れも多少の害 を被(かうむ)らざるなき有様(ありさま)なるを以て。同県属官技手等を各地に派遣(はけん)