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コレクション: STAGE7

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - 翻刻

風俗畫報臨時増刊第百九十九號 明治三十二年十月各地災害圖會(前編之續) - ページ 8

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【左ページ上段】    七時 四三、七 同   三、九 快晴  ― 露降る    八時 四五、四 西北西 一、六 同   ―    九時 四七、二 南々西 二、六 同   ―    ◎東京の被害 今回の暴風雨に関し。東京の被害はさしたる事なきが如くなり しも。一々之を指摘すれば。其の損壊等の多き。転々人をして 寒心せしむ。今各区に分て左に条記し。以て世人の遺忘に備ふ。     〇麹町区 ●吾人臣民は先づ第一に 宮城の御内は。いかゞあらむかと憂 慮したりしが。禁殿には何等の御破損もなく。僅かに御苑内の 樹木数株打倒れたるのみなりしよし。奉賀すべき事にこそ。 ●海軍予備校寄宿舎倒る  八重洲町なる元司法省跡の海軍予 備校 寄宿舎(きしゆくしや)は。旧時の屋敷長屋(やしきながや)にして。門の左右に続けるが。 左の折曲(おりまが)りて六十間ある一棟の内。門際の番人詰所(ばんにんつめしよ)を除(のぞ)くの外 四十間程全く潰れ。折曲りたる賄所(まかなひじよ)は。家根を破られしが。 辛(からう)じて残りたり。全潰れとなりたる箇所には。当時十八名の寄 宿生ありて。暴風(ばうふう)となるや。従来 腐朽(ふきう)せる建物なれば。予め潰 倒せん事を恐(おそ)れ。各自所持品を持出したるが。午後三時三十分 ごろ。風力(ふうりよく)の最も強(つよ)かりしころ揺(ゆ)れ出したるにぞ。伍長某 大喝(たいかつ) 一声。早く門外に避(さ)けよと絶叫(ぜつきやう)したれば。皆応と答へて直ちに 飛出したり。最後に出でし者の。五間ばかり離れしころ。既に 倒(たふ)れたるが。幸(さひはひ)にして一人の負傷(ふしやう)せし者なかりし。風雨歇(ふうゝや)みて 後ち寄宿生一同は。夜を徹(てつ)して器物を掘出(ほりだ)したり。(挿画参看) ●其の他の被害を挙れば  数寄屋橋内の巡査派出所は吹倒さ れて巡査一名負傷せり。東京府庁 近傍(きんばう)は。今尚ほ広野(くわうや)の如きあ りさまなれば。風声の怒号殊(どごうこと)に凄(すさま)しかりしが。有楽町に倒屋数 軒あり。猶大手町商工中学校普請中の二階造一棟。伊国公使館 【左ページ下段】 煉瓦門柱、平河神社物置 (間口六間奥行三間)平河町杉孫七郎氏 裏門其他二ケ所は全倒(ぜんたう)せり。靖国神社は本社の屋根(やね)反 能楽堂(のうがくだう)の 屋根共に二坪程を吹剥(ふきめく)られ。三宅坂下(みやけざかした)の土手六十間崩壊す。其 の他 堤防破壊(ていばうはくわい)一ヶ所、倒樹(たうじゆ)二百三十八本、門墻破損二百八十六 ケ所、電燈柱倒れ四本、電話柱同四本、電話線切断(でんわせんせつだん)五十七ケ所、電 信線同五十一ケ所、非常報知器線同二ケ所、又人力車の路上に 転覆したるもの六輌ありし。     〇神田区 ●校舎潰倒して人を傷く  小川町六十三四番地に。新築工事 中なりし小川小学校は。是日の暴風に吹倒され。其の隣家なる 六十五番地沖縄県士族長谷川熊次 (宮内省官吏)の家に蓋ひ重り たるにぞ。同家は為めに全潰し。其の妻カク(四十七)は肋骨を 打ち。三人の子供も亦微傷を負ひ。山龍堂病院にて治療中なり 区役所にては此報に接(せつ)し。直ちに人夫を発(はつ)して取かたつけに著【着の誤りか】 手したれは。近傍(きんばう)の人家は是夜 高張提燈(たかはりてうちん)を点ぜり。(挿画参看) ●肥料船の危難  荏原郡目黒村字中目黒七百四十五番地金子 峯吉 (四十六)は。妻子四名と小石川橋より肥料船(ひれうせん)に乗り。 神田川を下る途中(とちう)。砲兵工廠前にて暴風雨(ばうふうゝ)の為めに其船 転覆(てんぷく)せ むとせしかば。一同 絶叫(ぜつけう)して救助(きうじよ)を求(もと)めたるにぞ。砲兵工廠の 職工四名之を聞き。藁縄(わらなは)を投与(なげあた)へて船を繋(つな)がむとせしも力及ば ず。水道橋辺まで流(なが)され来りし際。巡査(じゆんさ)が右四名と力を協せて 漸く繋止めたり。 ●工場其の他の被害  錦町二丁目廿五番地楠磯太郎所有の活 版工場一棟幷に松永町の下駄商八畑萬吉の仕事場一棟元岩井町 卅三番地医師橘諸徳方の土蔵倒れ。日本新聞社附近各店の看板 は何れも吹倒(ふきたお)されたり。其の外家屋全潰三戸、空屋(あきや)一棟、家屋 破損百九十四戸内二ケ所 空家(あきや)、墻塀破壊(しやうへいはくわい)九十六ケ所、電柱(でんちう)の顚(てん)