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【右ページ上段】
倒(だう)二本、樹木(いゆもく)の顛倒百十七本、同摧折(どうさいせつ)四本、烟突の顛倒二ケ所、
電線(でんせん)の切断二十ケ所、警鐘顛倒(けいしようてんたう)一ケ所 (仲町巡査派出所傍)等な
りし。
〇日本橋区
●被害の総数 家屋の全壊十 (内住家八戸、不住家二戸)、半壊
二戸、同破損六十五戸、墻塀の破損三十四ケ所、樹木の倒十八本、
電柱倒れ二本、電話線の切断十七ケ所。
●船舶の流失 小網町河岸日比谷河岸等川筋に繋泊(かゝり)居(ゐ)たる船
舶は。最初(さいしよ)南風(なんふう)なりしを以て。何れも南河岸に《ルビ:䌫|もや》ひつけ安心(あんしん)し
て居たるに。俄(にわ)かに西北の烈風(れつぷう)に変(へん)じたれば。驚て《ルビ:䌫|もや》ひ返(かへ)さん
とせしも自由ならす。舟は見る〳〵中に吹(ふ)き奪(うば)はれて。貨物(くわもつ)を
載せたる侭(まゝ)矢(や)を射(い)る如くに流(なが)れ出し。大川口に向て流失したる
もの数十艘に及びたり。其際に於る船頭の狼狽、河岸の混雑は。
実に名状(めいじやう)するを得さる程なりしが。佃島(つくだじま)の水主(かこ)一同は。かくと
見て救助船(きうじよせん)を出し。熊手(くまで)に引掛(ひつか)けて流失の船を抑(おさ)へ止め。水上
警察署にても。それ〳〵|応急(おうきふ)の処分(しよぶん)を施せしが。其損害は非常
なるへし。
〇京橋区
●築地本願寺本堂の全潰 築地の本願寺本堂及び蓮華堂は。
世人の知る如く。曩(さき)に火災(くわさい)に罹りし為め。信徒(しんと)の喜捨(きしや)したる浄
財と。本山の補助(ほじよ)とに依り。此の数月前より其|工事(かうじ)に著手し。
此頃に至り漸く本堂 (高さ六十尺、間口廿八間、奥行十四間)の
建前(たてまへ)を了(おは)り。木材、石材等の切組最中(きりくみさいちう)なりしに。今回の暴風は
此の高大なる建物を襲ひ。建築係の人々総出にて人足を指揮し。
潰倒せざる様|尽力(じんりよく)したるに拘はらず。午後四時頃に至り。俄然(がぜん)
凄(すさ)まじき音響(おんきやう)と共に全潰し。之と同時に工作場 (間口二十間、
梁間五間)石工場 (間口八間、梁間四間)の二棟も全壊せり。再
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築には少なくも二箇月間を要すべく。損害金額凡そ五千円内外
なりと云ふ。されは信徒(しんと)の見舞(みま)ふもの多く。一時は人山(ひとやま)を築(きづ)か
ん許りに混雑せり。 (挿画参看)
●船頭(せんどう)の溺死(できし) 千葉県千葉町字寒川新田の船乗岩佐瀧蔵とい
へる者。忰(せがれ)時蔵 (十一)外数人の者と。一艘の伝馬船(てません)に打乗り。
霊岸島(れいがんじま)を指して航行(かうかう)の途中(とちう)。京橋区月島町一丁目製氷会社前の
桟橋先(さんばしさき)にて烈風(れつぷう)に遇ひ。他の乗組員三人は急(いそ)ぎ上陸(じやうりく)したる跡に
親子(おやこ)二人のみ居残(ゐのこ)り居たるに。風力いよ〳〵加はり。瀧蔵は吹
き飛されて水中に堕(お)ちたる侭(まゝ)行方(ゆくへ)不明となり。時蔵は舟に乗り
たる侭|押流(おしなが)されて。頻(しき)りに救(すく)ひを呼びながら。京橋霊岸島町二
番地先へ掛(かゝ)れる際。同番地の佐藤芳太郎がかくと見て憫然(びんぜん)に思
ひ。自分(じぶん)の危急(きゝふ)をも顧みず。水中に飛込み。辛(から)うじて時蔵を救
ひ水上警察署へ召連訴へをなしたり。
●区内の損害 家屋破損八十戸、同空家七戸、派出所三、墻
塀破損六十五ケ所、川口町京橋警察分署裏板塀一ケ所、消防器
械置場破損一ケ所、電話線切断四十四ケ所、材木置場破損一ケ
所、神楽堂家根同一ケ所、土蔵四棟、同鳥居倒れ一、樹木破損
七本、同倒木六十本、其他橋梁袖垣物干街燈等の破損三十ケ所。
〇芝区
●増上寺有章院の墻壁倒る 増上寺有章院霊廟の唐門の左墻
(十三四間)は。東の方に潰倒し。其の勢を以て前面に列せる大
石燈籠十数基を潰顛せり其他山内にて樹木(じゆもく)の倒(たほ)れたるもの十数
本に及べり。 (挿画参看)
●三田四国町派出所 近傍は塀、瓦等の吹飛されたるもの多
く。三吉電機工場の傍なる製紙場(せいしじやう)の如きは。殊(こと)に甚だしき損害
を被りし様子なり。
●小船沈没 荏原郡八幡塚村中村清次郎と弟元三郎両人は住
【左ページ、挿画】