翻刻
【右丁】
和名類聚抄曰
武蔵国 多磨郡 新田 《割書:尓布多云々》
《割書:按(あんする)に風土紀(ふとき)に出(いつ)る所(ところ)の爾布田(にふた)及(およ)ひ和名抄(わみやうしやう)に載(のす)る所(ところ)の新田(にふた)共(とも)に此地(このち)の|事(こと)を云(いふ)ならん後世(かうせい)上略(しやうりやく)して尓布多(にふた)を布田(ふた)とはかり唱(とな)ふる歟(か)又(また)風(ふ)|土紀(とき)に尓布田川(にふたかは)の名(な)あれとも今(いま)しるへからす》
万葉
多麻河泊尓左良須氐豆久利佐良左良尓奈仁(タマカハニサラステツクリサフサラニナニ)
曽許能児乃巳許太可奈之伎(ソコノコノココタカナシキ)
家集
手作やさらす垣根の朝露をつらぬきとめぬ玉河の里 定家
《割書:按(あんする)に万葉集(まんえふしふ)多磨(たま)を多麻(たま)に作(つく)り布田(ふた)も又 古(いにしへ)は布多(ふた)とす往古(そのかみ)麻(あさ)の布(ぬの)を|多(おほ)く産(さん)せしにより仮字(かな)にはあれと其意(そのい)を含(ふく)みて麻(あさ)には作(つく)るならん歟(か)當(たう)|国(こく)の府(ふ)は此地(このち)より西南(にしみなみ)にありて其間(そのあいた)遠(とほ)からす古(いに)しへ毎国(くにことに) 朝廷(ちやうてい)へ調布(つきのぬの)|を貢(みつき)せし事 国史等(こくしとう)に詳(つまひらか)なり風土記(ふとき)多麻川(たまかは)の条下(てうか)に里人(りしん)調布(つきのぬの)を作(つく)り|内蔵寮(くらのりやう)に納(をさむる)とあり然(しか)れは此国(このくに)より貢奉(みつきたてまつ)る処(ところ)の調布(つきのぬの)は當国(たうこく)に産(さん)するものを|集(あつ)めて此(この)川辺(かはへ)にて晒(さら)ししかして府(ふ)に携(たつさ)へ国司(こくし)の許(もと)へ出(いた)せしなるへし|依(よつて)多麻川(たまかは)の水流(すゐりう)を考(かんか)ふるに府中(ふちゆう)の辺(へん)より水源(みなかみ)は河瀬(かはせ)狭(せは)くして巨石(こせき)|多(おほ)く布多(ふた)より下流(かりう)は漸(やうやく)海(うみ)に近(ちか)きか故(ゆゑ)に潮(しほ)の盈虚(えいきよ)ありて調布(つきのぬの)に便(たよ)り|よろしからすたゝ此(この)布田(ふた)の辺(へん)のみ河瀬(かはせ)の広狭(くわうさ)水流(すゐりう)の滔々(たう〳〵)たる実(しつ)に布(ぬの)を|さらすによろしと思(おも)はる故(ゆゑ)に合(あは)せ考(かんか)ふれは此辺(このへん)其(その)実跡(しつせき)なるへからん又云 毎(まい)|歳(さい)三月の頃(ころ)より七八月に至(いた)り此辺(このへん)の童子等(とうしら)唄(うた)諷(うた)ひ躍(おと)り歩行(あるく)事(こと)あり|其(その)形勢(きやうせい)及(およ)ひ唄(うた)ひ物(もの)の言葉(ことは)にも調布(つきのぬの)の事(こと)を専(もつはら)とす其唄(そのうた)に云(いは)く》
【枠外】 三ノ百五十三
【左丁】
布多(ふた)
天神(てんしん)社
【四角囲い文字】
別宮
天神