翻刻
の如し去年十一月首里城火災に罹るを以て島
津吉貴材木一万九千五百本を贈る是秋尚益美
里王子を慶賀使として江戸に遣し将軍家宣の
継統を賀し豊見城王子を謝恩使として襲封の
恩を謝す正徳元年具志頭親方蔡温を以て世子
の師伝と為し近習職を兼しむ二年二月首里城
落成す尚祐を国相とし翁自道を法司とす七月
尚益薨す歳三十五清国の冊封を受けすして没
せり
尚円後紀上
敬王 穆王 温王 成王 灝王 育王
正徳三年《割書:清康煕五|十二年》世子位に即く是を尚敬王と
為す始めて法司の職を分ちて三とす其一を天
曹司と称し礼を司とり其一を地曹司と称し農
を司り其一を人曹司と称し元を司る之を三司
官と称す四年尚敬与那城王子を正使とし知念
親方を副使として将軍家継の継統を賀し金武
王子を正使とし勝連親方を副使として其襲封
の恩を謝す幕府島津吉貴に命し琉球開国以来