翻刻
訴る所あり更に之に換ふるに掛増米草高台石
に付四合七勺弐才を以てして之を加徴せり十
三年蔡温を法司とす盖し異数なり《割書:温ハ久米村|人ナリ其本》
《割書:土固有ノ種族ニアラサルヲ以未嘗テ久米村人ヲ|用テ法司ト為サス唯温ニ至テ始テ登庸ス其人》
《割書:才知ル|ヘシ》師伝を兼ること故の如し十五年尚敬恩
納王子を薩摩に遣し島津継豊の婚礼成る《割書:故将|軍綱》
《割書:貴ノ養女|ヲ娶ル》を賀す十七年尚倹徳を法司とす尚敬
法司蔡温等に命し教条を作らしめ国中に頒布
す元文元年五月尚敬孟宗竹数竿を薩摩に贈る
藩主鹿児島礒の別第に栽う盖し嘗て琉使の福
建より齎らし帰り国王の園中に栽ゑ之を分て
贈るものなり《割書:本邦孟宗竹ヲ栽|ウルノ始トス》寛延元年尚敬具
志川王子を正使とし与那原親方を副使として
将軍家重の継統を賀す三年毛恭倹を法司とす
宝暦元年《割書:清乾隆|十六年》十月尚敬薨す歳五十二尚敬天
資英明徳を修め礼を重し精を励し政を勤め治
績大に挙り国民悦服す尚敬の時人才輩出す内
には程順則《割書:名護|親方》の忠節道徳を以て士民を薫陶
し政教を賛敷するあり外には蔡温《割書:末吉親方丈|若初具志頭》
《割書:ト称|ス》の慧悟豁達にして制度を改良し経済を講