翻刻
察し民間の不給を助く歳屡しは飢うといへと
も野に餓孚あることを免れたり八年《割書:道光十|七年》六
月英国の商船又来る九年尚育齢八旬以上に至
るものに物を給す是歳清主翰林院修撰林鴻年
同編修高人鑑を遣して尚育を冊封す十一年英
国船又来る十三年尚育浦添王子座喜味親方の
両使を江戸に遣し将軍家慶の継統を賀す弘化
元年三月仏郎西国商船琉球に来り互市を乞ふ
琉球は絶海の貧国物産の交易すへきもの無き
を以て応せす仏人不得止教師一人清人一人を
留めて去る此二人は真和志間切天久村の聖現
寺に寓せしむ三年四月仏船復た来り更に一人
の教師を留め前きの一人と交代し清人と二人
を載せて去る是月英船復た来り通商を乞ふ亦
応せす英人医師伯徳令夫妻及其子男女各一人
清人一人を留めて去る五人を若狭町村護国寺
に置く後ち徳令か妻分娩女子を挙く七月仏船
又来り一名を留む四年毛恒徳を法司とす九月
尚育王薨す歳三十五尚育人と為り純厚儒を崇
ひ道を重んし能く先王の志を継くと云ふ