翻刻
【右頁】
敵(てき)ありて形(かたち)あるものよりは一層(いつそう)劇(はげ)しき害(がい)をなし
且(かつ)其敵(そのてき)の所為(しわざ)曾(かつ)て人(ひと)の耳目(みゝめ)に掛(かゝ)らず正(まさ)しく害(がい)を
なしたる後(のち)に至(いた)りて始(はじ)めて其(その)畏(おそ)るべきを知(し)るも
のあり此敵(このてき)は是(こ)れ何物(なにもの)なるや即(すなは)ち虎列剌(これら)其他(そのた)の
伝染病(でんせんびやう)なり其(その)攻(せ)め来(きた)る鋒刃(ほこさき)は極(きは)めて神變不測(しんべんふしぎ)に
して如何(いか)なる所(ところ)に潜(ひそ)み隠(かく)れ如何(いか)なる所(ところ)より撃(う)ち
出(いづ)るか容易(ようい)に之(これ)を知(し)り難(がた)く吾人(われひと)ともの目(め)に觸(ふ)れ
ざるゆゑ之(これ)を形(かたち)なき敵(てき)と云(い)ふなり其人間(そのにんげん)に害毒(がいどく)
をなすこと形(かたち)ある敵(てき)よりも夐(はる)かにまさりて畏(おそ)る
べき大敵(たいてき)なり
【左頁】
さて斯(か)く畏(おそ)るべき病敵(びやうてき)も決(けつ)して偶然(ぐうぜん)に攻(せ)め来(きた)り
て其害毒(そのがいどく)をなすものならず来(く)るには必(かなら)ず来(く)るだ
けの自然(しぜん)の道理(だうり)のあることは戦争(いくさ)飢饉(ききん)洪水(おほみづ)等(とう)其(その)
天然(てんねん)の理(り)に因(よつ)て出来(いでき)たるに異(こと)ならず凡(すべ)て此等(これら)の
災害(わざはひ)は皆(みな)それ〴〵の道理(だうり)ありて起(おこ)るものにて決(けつ)
して神佛(しんぶつ)の冥罰(ばち)にも非(あら)ず又(また)悪魔(あくま)の所為(しわざ)にも非(あら)ず
若(も)し神佛(しんぶつ)の怒(いかり)ならば善(ぜん)を祐(たす)くる神佛(しんぶつ)が慈悲善根(じひぜんごん)
の人(ひと)までも悪人共(あくにんとも)におしなべて生命(いのち)を絶(た)つの理(り)
はあらじ若(も)し亦(また)悪魔(あくま)の所為(しわざ)ならば人力(じんりよく)を以(もつ)て防(ふせ)
ぎ得(う)るの理(り)なかるべし