翻刻
【右丁】
鋳師武州深川
大田近江大椽【掾】藤原正次
石枕(いしのまくら)《割書:坊中(はうちゆう)東中谷(ひかしなかたに)明王院(みやうわうゐん)にあり庭中(ていちゆう)に小(ちいさ)き池(いけ)あり是を姥(うは)か池(いけ)と号(かう)すまた当寺の什宝(しうはう)に此石の枕|あり伝説(てんせつ)は文明(ふんめい)年中 道興准后回国雑記(たうこうしゆこうくわいこくさつき)に出たる文章(ふんしやう)をこゝに記(しる)す頗(すこふ)る俗伝(そくてん)と異(こと)なり旧記(きうき)たる》
《割書:をもつて左(さ)に挙(あけ)て其 伝(つた)へ|来(きた)る事の久(ひさ)しきをしらしむ》
回国雑記云 此里のほとりに石枕(いしのまくら)といへるふしきなる石あり其故(そのゆゑ)を
尋(たつね)けれは中頃(なかころ)の事にやありけむなまさふらひ侍り娘(むすめ)を一人(ひとり)持(もち)はへり
き容色(ようしよく)おほかたよのつねなりけりかの父母(ちゝはゝ)娘(むすめ)を遊女(あそひ)にしたて道(みち)ゆき
ひとに出(いて)むかひかの石(いし)のほとりにいさなひて交会(かうくわい)のふせひを事とし
はへりけり兼(かね)てよりあいつの事(こと)なれは折(おり)をはからひて彼(かの)父母(ちゝはゝ)枕(まくら)のほと
りに立寄(たちより)てともねしたりける男(おのこ)のかうへをうちくたきて衣装(いしやう)以下(いけ)
の物(もの)を取(とり)て一生(いつしやう)を送(をく)り侍りきさるほとに彼娘(かのむすめ)つや〳〵思ひけるやう
あなあさましや幾程(いくほと)もなき世(よ)の中(なか)にかゝるふしきの業(わさ)をして父母(ちゝはゝ)
もろともに悪趣(あくしゆ)に堕(た)して永劫沈淪(やうかうちんりん)せむ事のかなしさ先非(せんひ)に置(をき)て
は悔(くひ)ても益(ゑき)なし是(これ)より後(のち)の事さま〳〵工夫(くふう)して所詮(しよせん)我(われ)父母(ちゝはゝ)を出(た)しぬ
【左丁】
楊枝店(やうしみせ)
境内(けいたい)楊枝(やうし)を
鬻(ひさ)く店(みせ)甚(はなはた)
多(おほ)し柳屋(やなきや)と
称(しよう)するものを
もて本源(ほんけん)とす
されと今(いま)は其(その)
家号(いへな)を唱(とな)ふる
もの多(おほ)く竟(つい)に
此地(このち)の名産(めいさん)とは
なれり僧祗律(そうきりつ)【祇】
に楊枝(やうし)に五(いつ)ッの
利(り)ある事を載(のせ)て
云く
一に口 苦(にか)からす
二に口 臭(くさ)からす
三に風(かせ)を除(のそ)き
四に熱(ねつ)を去(さ)り
五に痰(たん)をのそく
とあり
【図】
【暖簾】
柳屋
【看板】
本やなき屋
御やうし所