翻刻
【右丁 絵図】
其二
【左丁】
祠於本祠飛鳥之山有名無祠者由焉三狐祠僻在
北樷云今茲丁巳春三月己亥我 后省畊之次規
士封飛鳥之山獨給祠無所與永屬奉祠者衛等恭
奉祠乃蹈舞捧手稽旹敬几之曰於穆我 后事神
以誠治人以明𢵄則正施則行以諟樂郊爲神之郷
神其不歆明悳 惟馨初飛鳥之山蓬顆𬞞壌雉免徑
焉 車駕之肇從紀蕃來也有司行邑吏蓉谿谷道
泉瀑礐硞■确洄而旋乃植花木數千株内成游觀
外■蒭堯雇役數千人二紀之久猥大爲美土花木
亦爲林毎春昔爛漫焉豈惟種譱種乎祀典所謂春
以花祀者冥契會之奇非邪抑亦國家之符成遂鑱
千石以爲表經銘曰
緜邈洪荒 有神開國 ■跡峯紀 東土是祀
明明我后 來封其域 神之眷祐 豐穣薦至
本支繁衍 其麗豈憶 八埏懐仁 神祇饗悳
千載懿範 之石是勒
奉祠金輪寺住持權大僧都宥衛𡗓
元文丁巳之秋 東都圖書府主事鳴鳳郷代撰拜書
碑陰 飛鳥山四至牓示 自艮至坤七十三歩
自巽至乾二百二歩
短冊(たんさく)翁(をうの)𦾔跡(きうせき)《割書:今(いま)より六十年(むそし)あまりのむかし此山の麓(ふもと)に住(すめ)る翁(おきな)あり名(な)を勝行(かつゆき)といふ何(いつれ)の|所の産(さん)なる事をしらす短冊(たんさく)を賣(うる)を以(もつ)て世(よ)の業(なりはひ)とす因(よつ)て人是を呼(よ)んて短(たん)》
《割書:冊(さく)の翁(おきな)と云(いふ)毎春(はること)の花の盛(さかり)にはかならすこゝに出て短冊(たんさく)を賣(うる)又(また)人〳〵の詠哥(えいか)の短冊(たんさく)を乞(こひ)是|を集(あつむ)るを己(をのれ)か栄(えい)とす元文(けんふん)の頃 大樹 御放鷹(こはうよう)のみきり此 翁(おきな)の事を聞(きこ)し》
《割書:めされくたんの短冊(たんさく)を見そなはし白銀(しろかね)等(とう)を下(くた)し賜(たま)ひぬとそ翁(おきな)常(つね)に集(あつむ)る所の人〳〵の|詠哥(えいか)をうち誦(すて)して志(こゝろさし)を養(やしな)ふされと後其 跡(あと)をかくして終(をはる)所(ところ)をしらす》