翻刻
【右頁】
本邦(ほんほう、ワガクニ)にも亦/痘無(とうなき)の地あり八丈島/周防岩国紀州熊野肥前大村松(すはう いわくに きしう くまの ひせん おほむら まつ)
浦等皆然(うらとうみなしか)り或(あるひ)は三五十年の間偶痘(あひだたま〳〵とう)を患(うれふ)るものあれば必(かならず)_レ深山(しんざん)幽(いう)
僻(へき)の地(ち)へ移(うつ)して其/死生(しせい)に任(まか)す依(より)て痘を患るものなし他国隣界(たこくりんかい)に
至る時(とき)は必ず感(かん)じて出痘(しゆつとう)すしかればゝ其/国人生来(こうじんせいらい、クヒビトムマレツキ)痘/毒(どく)の無(なき)にはあゝず
風土(ふうど)のしからしむるなり況(いわん)や西洋(せいよう)三千里/外(ぐわい)禽獣(きんじう、トリケモノ)牛馬(ぎうば、ウシムマ)の痘を
以て我(わが) 邦人(ほうじん、クニヒト)に施(ほどこ)し種(うゑ)んとす其/非(ひ)なる事論(ろん)を待(また)ず且/両(りよう)肘(ちう、ヒジ)
僅(わづか)に十顆(しつくわ)にも過(すぎ)ずして周身(しうしん、ミウチ)に餘(あま)る巨(きよ、オホキ)毒(どく)を去(さら)んとするは猶(なほ)烏(ら、イ)
賊(ぞく、カ)魚(ぎよ)の手を刺(さ)して墨(すみ)を求(もとむ)るが如く得(え)べきの理断(りたへ)て無し高貴(こうき)の
人の如きは脾胃(ひい)脆薄(きはく、モロクウスシ)にして肌膚(きふ、ハダヘ)も亦(また)柔弱(じうじやく、ヤワラカニヨワシ)なり然るを是を却(おびやかす)に
針(はり)を以てし其/驚駭啼哭(きよう がい てい こく、オドロキ オソレ ナキ カナシム)顧(かへりみ)ず故に必/癇(かん)を発(はつ)し驚(きよう)を発し
【左頁】
天命(てんめい)を待(また)ずして死(し)するに至(いた)る此(これ)等は猶刀(なほかたな)を操(とう)て是を殺(ころ)すにひと
しく其/残忍(さんにん、テアラ)なる事何ぞ禽獣(きんじう)に異(こと)ならんや我(わが) 邦仁義(くにじんぎ)の域(いき、トチ)に生(うま)れ
夷狄(いてき)の邪術(じやじゆつ)に惑(まどひ)て一時(いちじ)の利を貪(むさぼ)る事いかで神罰(しんばつ)を冥々(めい〳〵)に家(かうふ)ら
ざらんや是皆その原(もと)は世俗(せぞく)の新奇(しんき、メヅラシキ)を見聞(けんぶん)するを嗜(たしむ)を以て夷狄(いてき)
其/虚(きよ)に乗(じよう)じて機工(きこう、カラクリシゴト)を以て其/目(め)を驚(おどろか)し妖言(ようげん、アヤシキコトバ)を以て其/耳(みゝ)を覆(おほ)
はんとするなり然(しか)るを洋術(ようじゆつ)に惑溺(わくでき、モドヒオボル)するの醫生嘗(いせいかつ)て其/利害(りがい)
辨(べん)ずるに遑(いとま)あらず反(かへつ)て是々/説(せつ)を設(まふ)け庸俗(ようぞく)を欺(あざむい)て重利(ぢうり)を射(い)るに
至る先考(せんこう)深く是を憂(うれい)て種痘辨義(しゆとうべんぎ)の作(さく)ありといへ其/纔(わづか)に門下(もんか)
の二三子(じさんし)に示(しめ)すのみ庸人(ようじん、ツネノヒト)文字に乏(とぼし)きmのは其/書(しよ)を読得(よみら)る
事も能(あた)はず読(よむ)といへ其/能々(よく〳〵)其を辨知(べんち、ワキマヘシル)するもの觧(すくなき)を以て徒(いたづら)に