翻刻
自由(じゆう)にすると云ことぞ其意気(そのいき)は前漢(ぜんかん)の田蚧(でんかい)が我(わ)が勢(いきほ)ひ意気(いき)は随分(すゐぶん)灌夫(くわんふ)が
気象者(きしやうもの)で有たがその灌夫(くわんふ)をもおし退(のく)る勢(いきほ)ひじやと云たが其 位(くらゐ)の意気(いき)じや豪(がう)
華(くわ)の者(もの)が権柄(けんへい)を取(とる)ことは宰相(さいしやう)国蕭(こくせうが)何などをもおそれぬ権威(けんゐ)じや判(はん)の字(じ)は皆(みな)
我支配下(わがしはいした)じやと云 心(こゝろ)此 族(やから)が青虯(せいきう)紫燕(しえん)の名馬(めいば)にのり坐(い)ながら風(かぜ)を生(しやう)ずと云て
のり廻(まわ)る此(この)者共か云にはかくおごり歌舞(かぶ)して千年(せんねん)も有(あり)たいと云がこれらはばかな
ことじや浮世(うきよ)はしばらくも待(また)ぬものゆへ桑田(さうでん)変(へん)じて海(うみ)となるは久(ひさ)しいものゝやうに
思(おも)へども物(もの)ごとかはりゆくは時(とき)のまじや盛(さか)んにあつた金階(きんかい)白堂(はくだう)も今(いま)は青松(せいしよう)茂(しげ)り
てある揚子(やうし)法言(はふげん)に寂寥(せきれう)と云 語(ご)が有を用(もちひ)て人(ひと)の訪(とふら)ふことなく寂々(せき〳〵)寥々(れう〳〵)とさびしくくる
年(とし)も〳〵も一 床(しやう)の書(しよ)に対(たい)しくらしてゐると手前(てまへ)の境界(きやうがい)を揚子(やうし)に比(ひ)して云 長安(ちやうあん)の南(みなみ)の山(やま)に
往来(わうらい)すれは桂花(けいくわ)が盛(さか)んにて飛来(とびきた)り飛去(とびさり)人の裾(もすそ)に花(はな)がつく是(これ)が世(よ)の栄花(えいくわ)より面白(おもしろ)いかく
南山(なんざん)に引(ひき)こんでゐるがましじや是(これ)迄 長安(ちやうあん)の繁昌(はんじやう)をいひわがことき不調法(ぶてうはふ)者は都(みやこ)にゐても用ら
れぬ南山(なんざん)へゐんとんするが相応(さうおう)じや又 用(もちひ)てもかゝる埓(たち)もなき世(よ)に仕官(しくわん)するはいやじやと高(たか)くかまへゐる也
【挿絵】