翻刻
間(けん)を非(ひ)に見てゐるやうす酔(ゑひ)て行儀(ぎやうぎ)をくづしたやうす皎然(けうぜん)ときよらかにて玉樹(ぎよくじゆ)
の風前(ふうぜん)にのぞむやうにある蘇晋(そしん)は肴(さかな)ぎらひにて常々(つね〴〵)精進(しやうじん)長斎(ちやうさい)してゐる又ぬひ絵(ゑ)の
弥勒仏(みろくぶつ)をつね〳〵床(とこ)にかけ置(おき)て弥勒仏(みろくぶつ)は酒(さけ)ずきで有(あつ)たと云がおれは此仏(このほとけ)は気(き)に入(いつ)たなどゝ
云て夫(それ)を肴(さかな)に酒(さけ)を飲(のみ)酔(ゑひ)まぎれに座禅(ざぜん)がすきじやと云て夫(それ)を云(いひ)ぐさにめつたな人はよせ
つけぬ李白(りはく)は酒(さけ)さへたんと飲(のむ)と詩(し)が沢山(たくさん)出来(でき)る酔(ゑう)とどこへでも寝(ね)てゐる男(をとこ)であつた或時(あるとき)
玄宗(げんそう)白蓮池(はくれんち)へ御幸(みゆき)の時(とき)李白(りはく)を呼(よび)に遣(つかは)されたれば酒屋(さかや)にねて居(ゐ)たをやう〳〵つれ来て
船(ふね)にのることもならず人にたすけられ漸(やう〳〵)船(ふね)にのりながらもへらず口(くち)をきゝてわれは酒中(しゆちう)の仙人(せんにん)
じやによつて御ゆるされなどゝ云た張旭(ちやうきよく)は草書(さうしよ)の名人(めいじん)じやが人の前(まへ)にて冠(かんむり)を取(とる)は無礼(ぶれい)なる
を酒(さけ)に酔(ゑひ)て何(なに)共 思(おもは)ず草書(さうしよ)をかけと云(いは)るゝに直(ぢき)に心得(こゝろえ)ましたとて冠(かんむり)を取(とつ)て頭(かしら)を硯(すゞり)に
ひたし書(かく)やうな風流人(ふうりうじん)じやひとつに筆(ふで)を握(にきつ)て書(かく)に至(いたつ)ては飛白(ひはく)などに書(かい)たは雲煙(うんえん)の
ごとく見 事(ごと)に出来(でき)た焦遂(せうすゐ)は酒吃(しやきつ)と云て平生(へいぜい)はどもりて酒(さけ)の五 斗(と)ものむと弁舌(べんぜつ)が
すぐれ云(いひ)にくいことも能(よく)云出(いひだ)し四筵(しえん)の座敷中(ざしきぢう)を驚(おどろか)す
【挿絵】