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コレクション: 松平文庫

諸士先祖之記(諸士先祖之記録 四) - 翻刻

諸士先祖之記(諸士先祖之記録 四) - ページ 108

ページ: 108

翻刻

   【右丁白紙】    【左丁】      △ 樫尾  綱昌公御代延宝五丁巳年被召出   当樫尾又左衛門尭貞《割書:本国不知 生国越前|姓不知》     父樫尾又左衛門尭知ト申者幼少之時分加賀国ヨリ当国     エ罷越以後 光通公御代被召出其後 寂光院様御縁辺     之節御附人ニ被 仰付松平信濃守様御屋敷ニ二十ケ年     許相勤年罷寄願申上御国エ罷帰候処御捨扶持被下剃髪     仕恵休ト号罷有以後相果候如右幼少ニテ他国ヨリ罷越     候ニ付先祖之儀不相知候

現代語訳

【右丁白紙】 【左丁】 △樫尾 綱昌公の御代、延宝五丁巳年(1677年)に召し出された 当代樫尾又左衛門尭貞《本国不明 生国越前|姓不明》 父樫尾又左衛門尭知という者は、幼少の時分に加賀国から当国へ参り、その後光通公の御代に召し出された。その後、寂光院様の御縁組の際に御付人を仰せ付けられ、松平信濃守様の御屋敷で二十年ほど勤めた。年を重ねて願い申し上げ、御国へ帰った際に御捨扶持を下賜され、剃髪して恵休と号していたが、その後亡くなった。このように幼少で他国から参ったため、先祖のことは分からない。